第2話 ダークエルフのお父さん
私にだって、娘の頃はあった。
あれはそう、一四〇年ほど前のこと。
どんな大義があったのか知らないがグリア大戦の中頃、クソ宮廷魔術師が何も考えずに使った隕石落としの呪文、あれで私の故郷、大魔森は消滅した。
私が生き残ったのは、たまたま悪い事をして……テーブルの上にあった調理前の果物を食べたのだ……それで地下室に入れられていたからだった。
凄い音がして、上から土が降ってきて、気を失った。目が覚めたのは、それからどれくらい立ってからだったかは今でも分からない。
泣きながら、もうとっくに吹き飛んでばらばらになっていた母親に謝り続けて、扉を壊してどうにか外に出たのは夕方だった。豊かな魔森は焼けただれ、木々の一本すら残っていなかった。
暗くなっていく空に泣いた。当時の私は、泣くことしかできないダークエルフの娘だった。
すると、また音がした。落ちてきた隕石の一つから、なんだぁ? と間抜けな声をあげながら、あの男が出てきたのだった。
天界に住むという天使、には到底見えなかった。見目麗しいとは到底いえなかったからな。
とはいえエルフでもなかった。耳が短かった。見た目は人間の、それもおっさんというところだ。人間は怖いと教えられていたからな。ああ、でも私は、泣くしかできなかったんだ。
それで私はあの男に拾われた。
あの男はこんなはずじゃなかったと呟いていた。話によれば、星の船に乗って本当はずっとずっと遠い世界に行くはずだったと言っていた。そう、私が小さいからって、嘘ばっかり教えるような酷い男だったんだ。
あんな男の言葉を真に受けるなんて……少女時代の私は愚かだった。いや、あの男が悪い。
ああ、悪かったとも。
荷物のように担がれて一日中走り続けたこともある。拾われた日のことだ。下ろして欲しいと言っても聞くことなしだ。私が我慢できずにその……大変なことになってもあの男は無視して走り続けた。
脚が止まったのは、川の側、それも上流に分け入って湧き水が出るところまで辿り着いてからだった。
水を飲んでいいと言われたときは、腹が立ったものだ。その前、川を遡るようにしばらく走っていたからな。なんでこんなに酷いことをするんだろうとあの男を恨んだものだ。
言うな。
分かっている。
綺麗な水を飲ませたかったんだと言う事くらいは、30年後くらいに気付いた。
でもっ! だったら! それならそうとその時点で教えてくれれば良かったんだ!
あの男はいつもそうだった! 私がなじってもそいつは大変だなですますんだぞ!
……へらへらして笑っているのが、いつだって嫌だった。人里に出た後、私の肌の色と耳のせいで街を追い出されたときだってそうだ。あの男はへらへらしていた。
心配するなって、心配するだろうが! あの男は何にも分かってない!
戦闘? まあ、強いは強かったな。ぶらすたーという武器だか魔法だかで、だいたいどんな敵も一撃だった。一応私も娘なんだから、ぶらすたーを使いたいと言ったら、駄目だって言われた。構成する付与呪文の術式も何も教えなかったんだ、あの男は。今でも恨んでいる。おかげで魔法は独学だ。
そうだ。冷気系呪文しか使わないのは当然、あの男に対する反発と嫌味だ。気付いているそぶりはまったくなかったが。
だいたい……そう、だいたい。あんな力があるのなら、街なんて吹き飛ばせば良かったんだ。なんで、なんでへらへら笑っていたんだ。なんで……。
あんなに強いのに、どんなモンスターにも一歩も引かなかったのに。あの男は何も分かっていない……。
くそ、もう寝る。起こすな。
寝るな! うるさい! そこははいそうですかじゃない! お前が変なことを聞くんで目が冴えたじゃないか。
ああくそ、思い出さないように、思い出さないようにしていたのに。
は? もう一度言ってみろ。凍らせるぞ。あの男は人間みたいな見た目とは言ったが、お前のような人間ではない。人間が何十年も姿を変えずに私と一緒に行動できるわけないだろう。皺一つ増えてなかった。
私はそれで、永遠に一緒にいられると思ったんだ。腹が立つ。なんでそんなことを思ったのか、時を遡って小娘の自分に問いたい。
父はどうしたのかだと? あの男をそんな風に呼ぶな!
か、仮にそう呼べる者がいるとしたら、もちろんそれは私だけだが他人がそんなこと言ってたら街ごと凍らせてやる。
あの男は……あの男は私を捨ててどこかに行った。行ってしまった。
ふん、人間はつくづく察しが悪いらしいな。 捨てたに決まっているだろう。デンチが切れそうとか言っていたが、大体デンチとはなんだ。あの男の話は適当なでまかせが多すぎる。いつまでも私を子供扱いして……。
くそ、もう夜明けか。また闇の軍団どもが攻めてくるぞ。
お前も運が悪いな。人間、いや、少年と呼ぶべきか。
え、お前の父は、お前が困ったらいつでも駆けつけると言ってたろうって? データアップロードに4.6光年、船に乗って46年? 何を言ってるんだ。
ちょ、ちょっとまて。まて! その手にあるのは……
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