量産されたおっさん。あるいはカスタムお父さん
芝村裕吏
第1話 カスタムお父さん
朝起きて、カーテンを開ける。人が一人住むにはやっとの狭い部屋が朝日に照らされる。
代わり映えのない毎日。鏡を見れば、ぱっとしない自分の顔。いつも下目がちだし、華やかなところがまるでない。メイクしてもそうなんだから、救いがない。
当然ながら、男っ気、なし。
それでも、二七歳の今は、マシな方だ。
一〇代前半は地獄だった。
一〇代後半は空虚だった。
二〇代で仕事に逃げる事を覚えた。あとは一直線だった。
安月給なのに必死すぎと、後輩が昨日呟いていた。他に目を向けても死にたくならない人がいいそうな言葉だと思った。怒りはわかなかった。そういう感性は、もうすり切れていた。
そして二七歳に私はなった。誕生日になったからといって、今更どうこって事はない。
それでも、少しは何か、誕生日を機にやってみようという気になったのは、免許更新で最寄りの警察署に行ったせいだった。会社と家を往復するだけじゃないと、警察署までの普段と違う道を歩くうちに、そう思った。
久しぶりに顔を上げたら、桜が咲いていた。道に面した駐車場の隅、ゴミの集積所の上にある、一本きりの桜。
そうだ。買い物でもしてみよう。景気よく貯金をはたいて。自分の為の、何かを買う。
整骨院の窓に映る自分が笑っている。自分はなんて浅はかなんだろうと思った。それでも買い物はやめられない。自分へのプレゼント、とてもいい気がする。
それで、自分は何が欲しいのか部屋の隅で考えていたら、一つ思い当たるのがあった。父親だ。私には父親というものがいない。小さいときには確かにいたが、今はもう顔も思い出せない。当然、父親がいたらどうこうという思い出もない。マンガや小説で父親が出てくるようなシーンが出ても他人事みたいで、気付けばスマホの画面を消すことが多かった。
父親。どういうものだろう。それを体験したくなって、購入してみることにした。
目星はついている。しばらく前にニュースになっていたから。
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人間と変わらないアンドロイドが量産されて、しばらくが経つ。しかし、実際に量産、販売に結びついたのは中年男性型だけだった。少女型は倫理的にアウト、妙齢の女性も倫理的アウト、美青年も嫉妬が集まってアウト。結局、流通してもいいとなったのは、誰とも競わないというか、どうでもいい存在である冴えない中年男性だけだった。
これを、購入して父親、ということにする。
実際同じような用途で使っている人は多いらしく、専用のファン交流サイトもあった。
どんなタイプにしようかと、購入サイトで何時間も悩んだ。顔のカスタマイズはある程度できる。全財産つぎ込むつもりで、父親を”作った”。
完成した父親は、案外いいものになっていた。
まず目元が私にちょっと似ている。それでいて、暗い感じにはなってない。でも派手な感じではない。遊んでいる感じでもない。仕事には熱心だろう。少し優しいのがいい。抜けているところがあると世話をやけそうだ。髪の毛は白髪交じりにしたかったが、予算の問題で真っ黒になってしまった。まあ、でも、上出来だ。
一度深呼吸して、カートに入れた父親のデータを見る。決済したら全財産が飛ぶ。
思ったよりもずっと簡単に、クリックした自分に気付いた。手は震えなかった。
どんな父親が来るのか、いや、どんなのが来るのかは分かっているから、ええと、どんなやりとりが今後あるのか、楽しみだ。
楽しみ過ぎて、遅刻しそうになる。寝癖を直すのに苦労した。
浮かれる自分を隠すように目を伏せて仕事をして、定時になる。デートなんじゃねと、後輩がささやいているのを無視して、着替えて会社を出た。会社前の道、ガードレールに背を預けて、一人のおじさんがいる。
息を呑んだ。目元が、私にどこか似ていた。
「よう」
軽く手を上げて笑っている。いや、まさか。
精密部品という箱に入って届けられるはず。歩いてやってくるなんて聞いていない。そもそも髪、髪の色が違う。茶色だ。顔の彫りも深い。なによりものすごく、遊んでいるように見える。革ジャンなんてオーダーしてない。
「だ、誰ですか。あなたは」
「ふむ、父親という設定だったと思ったが」
彼はそう言って、私が送信したオーダーシートを眺めている。若干老眼でもあるのか。目を細めて顔を遠ざけている。
「間違いないと思うぞ。娘さんや?」
急に周囲の目が気になりだした。後輩に見られたら、死ぬ。少なくとも死にたくなる。
それで手を引いて、途中からは背中を両手で押して、ビルとビルの隙間に入った。
「オーダーと違うじゃないですか!」
「細かい事だ。気にしなさんな」
「細かくないです」
彼は顔を近づけた。笑顔を見せる。
「目元なんて俺に良く似てるじゃないか。あとは誤差だ。父親に似る娘は幸せになるらしいぞ」
「私に似せてあなたを作ったんです」
私が言うと、彼は軽薄そうに耳をほじりながら口を開いた。
「そうだったかな」
それで私は、黙って、走って、家に帰ることにした。初期不良返金、クーリングオフという言葉が頭に浮かぶ。
彼は軽い足取りで私に追いついてきた。足の長さが、そもそも違った。
「泣きそうな顔は良くない。俺が悪い事をしたような気になる」
「生まれつきです」
「悩みがあるなら、まずは相談だな」
何の悩みも葛藤もない顔で、そんなことを聞いてくる。そういう軽薄な父親にだけはしたくなかった。性格設定がんばったのに。
振り向いて滅茶苦茶に文句を言おうとしたところで、転んだ。自分でも間抜けが過ぎると思ったが、彼は私を抱き留めた。そんなことはお見通しだっていうように。
そして、私を肩に担いだ。
「ま、家に帰って話すとするか」
彼は軽く私を担いで走った。飛ぶような走りだった。
「せめてそこはお姫様だっこで」
「そういうのは、将来のために取っておけ」
それで私は荷物のように運ばれた。あんまりだと思った。
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