第38話 勇気の条件

もしかしたら、僕だってライオン紋の王子様のようになれるかもしれないと思っていた僕は、目の前に現れた回答に、なあんだ、つまらないなあ、と溢していた。


「つまらないとは何ですか。人を勝手に呼びつけておいて」


ライオンもどきは怒っているのか、尻尾をぶんぶんと振っている。


「これは言うなれば魔法陣のエラーだな。魔法陣には星の子が現実に降りてくるなんて想定はされていなかったはずだから、小獅子座の力が降ろされる代わりに、小獅子座の星の子たる彼が呼ばれてしまったというわけか」


ロンメル爺やは起こってしまった出来事をそう解釈している。ちっとも面白くない。


「子犬座だとうまくいったのに、小獅子座だと失敗するってどういうことなのさ」


「失敗はしていない。現に呼び出しには成功している。問題なのは帰し方が少々難儀するという点だが」


「あの、一体何の話をしているんですか」


「ライオンもどきには関係ないね!」


ライオンもどきと呼ばれた彼はぎょっとしたような顔をした。そんな呼ばれ方は初めてだったのかもしれない。


「こら、サクタ。星の子をそんな風に呼んではならんと、いつも言っているだろうに」


「星の子だろうと何だろうと、今のあいつはライオンもどきでしょ。それ以上でもそれ以下でもない。『断罪のツメ』ももう持ってないみたいなんだし。敵を倒す力もない星の子なんて誰がありがたがるもんか」


「なにを」


ライオンもどきは流石に自分をバカにされていると気づいたらしく、総毛を逆立てて威嚇しだした。しかし、ライオンとは言ってもまだ子供。その姿に恐怖する者はいない。僕はロンメル爺やから聞いた話をすることにした。


「僕は知ってるんだ。ライオン紋の王子様がどうやってノケモノ会議を終わらせたのかを」


ライオンもどきはその言葉を聞くとたじろいだ。


「あの場にはぼくと、お姉ちゃんと、あとは玉座を奪った人たちしかいなかったはず。もしかして」


僕は尊大になって続ける。


「あの時、君はその『お姉ちゃん』とやらに任せっきりで玉座を見ながら泣いていたっていうじゃないか。先代のライオン紋の王子様が偉大だったのは、何もバケモノを倒したからじゃない。最後は人間に倒されても人間にとって便利なまま死んだからじゃないのか」


「何だと!」


ライオンもどきは堪りかねたのかこちらに向けて突進してくる。流石に身構えたが、魔法陣の外周に当たるとすぐに飛び退いた。よく見えないがバリアーのようなものが張られているらしく、ライオンもどきはそれ以上の接近はできないようだった。


「ライオンくん。君はノケモノ会議がどうやってできたか知っているかな」


ロンメル爺やがそう声を掛ける。


「いえ、知りません」


「ノケモノ会議は私が人の手に降ろしたのだ。直接手を下してはいないが、先代の王を殺した責任は私にもある。どうかな。殺すのならばわしを殺すかね」


ライオンもどきは驚いて、二の句がつげなくなった。さっきまで怒っていたのが嘘のようにしおらしくなる。


「でも、あなたはシリウスさんも知ってる人で」


「知ってるも何も、シリウスは私の双子の弟だよ。星の子の力ならば人間なんて簡単に殺せると思うがどうかね。ツメがなくとも、まだキバや、アギトを隠し持っているんだろう?」


ロンメル爺やはそう言ってハハ、と笑った。


「ぼくは、この街にいる人を殺したいとは思いません」


ライオンもどきはそう言った。


「君を危うく殺しかけた人たちであってもかね」


「はい。ツメも、キバも、アギトも、もっと使われるべき時に使うものだと思っています」


そう答えるライオンもどきは、本当に王子様のように凛々しく見えた。


「そうかい」


ロンメル爺やはそう言って、僕の肩に手を置いた。


「お迎えが来るとは思ってもいなかったが、そろそろ来るようだ。サクタや。魔法の授業は今日はこれでおしまいにしようか」


僕は驚いてロンメル爺やの方を見る。ロンメル爺やは僕の方を見ずに館の戸を見ている。


木製の戸は一度ノブが回されたが鍵が掛かっているので開かない。でもそれだけじゃない。この館の戸は特殊な魔法の守りを掛けていて、機関銃でも穴一つ開けることはできないようになっている。


そうなっているはずなのに、斜めに一閃されたと思ったら、裂け目の付いた戸を蹴破って何者かがこの館に入ってくる。二人だ。


一人はただの女子高生。すらりと背が高い。


「ドアの代金は後々泡草に請求していただければ払われると思いますので、この度はどうかご容赦ください」


もう一人も女子高生だろう。だろうが、青い外套を羽織っていて、頭の上に何やら動物の骨を乗せている。魔法力の付いた戸を破壊したのはこの人だろう。


ロンメル爺やが僕に耳打ちする。

「見るがいい、サクタ。あれがこの世に二つとしてない『星骸』の力の持ち主だ」


ライオン紋の王子様は振り向くと青い外套を着た人の方を見て、


「お姉ちゃん!」


と目を輝かせた。


お姉ちゃんと呼ばれたその女子高生はもっともらしく咳払いをして、言った。


「私のレオくんを攫った犯人のいる家はここかー!」

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