第37話 星魔法と子犬座

星魔法の会が終わり、ノノコとニブンタが帰った後、僕とロンメル爺やは夕暮れ時に早めの夕食を食べた。ファストフードのチキンとポテトだったが、悪い味はしなかった。ロンメル爺やは老人のくせにファストフードが好きだ。体に良くなさそうだと言っても、聞いちゃくれない。


「サクタや。この世は生きているうちが花だ。生きているうちにその楽しみを味わっておかなければ、その先何が待っていようとも満足はできない」


ロンメル爺やはそう言って笑う。


夕食を食べ終えてすぐ、ロンメル爺やは今日も事に取り掛かるぞと言って、部屋を出ていった。


僕はいつもの訓練が始まるのだと思うと、ため息もつきたくなるのが半分、何か起こるのかおどおどしているのが半分という気持ちになった。


これから、本当の『星魔法の会』が始まるのだ。そんな期待も僕の中にはあった。


部屋に戻ってきたロンメル爺やはその手に杖を握りしめていた。杖の先端に天球儀があるあの杖だ。


「あいつに見つかると厄介だから、今のうちに始めてしまおう」


あいつ。ニーグのことだろうか。そう問うとロンメル爺やはうむと頷いた。


「あいつは昼の間は眠っているからな。夜にならなければ見つかることはないだろう。それに、宵の明星が光っていれば星魔法は使えるはずだ」


さあ、手を。


そう言われて、僕は席を立つとロンメル爺やの方に向かって歩く。ロンメル爺やの手にした杖に右手で触れてみる。触れただけでは何も起こらない。次は両手で握ってみる。すると足元に星座盤の魔法陣が広がり始める。ロンメル爺やが手を離すと、僕は杖の重みで少しよろける。


星座盤の魔法陣は僕とロンメル爺やを内側に入れて停止する。


「接続はうまくいっているようだな。星の子までとかいかないが、それに匹敵しうる素質が果たしてあるかどうか」


意識を集中させる。すると、足元に広がる星座盤に問いかけられるような気がする。


『お前は何になりたいの?』


僕は、何になりたいのか。明確な理想はない。


「いきなり大きなものや強いものになろうとしてはだめだ。身の丈に合ったものから順番に慣れていけばいい」


ロンメル爺やはそう諭す。


足元に広がる星座たち。大きさや存在もまちまちで道具から動物まで幅広くいる。まずは何にしようか。そう考えて、身近そうなものはないかと探して子犬座を見つけた。


見かけよりも重い杖を持ち上げ、何とか子犬座の上まで動かす。これだけでもかなりの体力を使う。


「これにします!」


杖を子犬座の上に立てると、半透明だった子犬座が突然白く輝きだす。魔法陣の外周から強い風が巻き起こり始める。僕は急に眠たくなってきて、杖を離さないように意識を保たせるのが精一杯になった。しかしとうとう座り込んでしまい、頭を垂れて眠り始めてしまった。


その光景を何故か、僕は円の外側から見ている。目の前にいるのは紛れもなく僕なのに、何故僕は僕を見つめていられるんだろう?


そこまで考えて、ロンメル爺やが僕を見つめて


「成功したな。サクタや、今お前は子犬の姿になっておるぞ」


と言った。


確かに視座がとんでもなく低い。床に寝そべった時くらいの低さだ。試しに僕は首を動かして側にある姿見の鏡を見てみた。


鏡には白い小さなラブラドール・レトリーバーの子犬が一匹、不思議そうに首を傾げている様子が写っていた。


これが子犬座の姿ということなのだろうか。


「辺りを歩いてごらん」


ロンメル爺やがそう言う通りに僕は辺りを歩いてみることにした。手足を地面につけて歩くなんてできるだろうかと思ったが、歩いてみれば犬の歩き方ですんなりと歩行できた。


「ふむ。子犬座は使えると言っても偵察用というのが関の山か。性能はわかった。サクタや。元の体にもどるがよい」


嬉しくなってそこかしこを走り回っていた僕だったが、ロンメル爺やの言葉にはっと我に帰ると、魔法陣の前へと戻ってきた。


でも戻るったってどうやってすればいいんだろう。


僕は試しに魔法陣の中へ入ってゆこうとした。

すると犬となった僕の体は透けるようになくなってゆき、魔法陣の中に入る頃には全くの透明になっていた。


僕はそのまま眠っている僕の体へと飛び込むと、全身に強い衝撃が走った。その痛みではっと目覚めると、僕は僕に戻っていた。


「どうだった。初めての変身は」


「変な感じ。でも悪くはないかも」


そう僕は答えた。


「続けるか?」


そうロンメル爺やが問うてきたので僕はもう少しだけ、と甘えるように言った。


星座盤の中にはもちろん、小獅子座の姿もあった。僕は少し尊大になっていた。あのライオンもどきはこの街を一度救ったらしい。彼ができて僕にできないなんてことがあるだろうか。同じ星の力を扱うもの同士なのだ。僕にだってこの街を、いやこの世界をニーグから守ることだってできるかもしれない。小さな成功が僕の背中を押していた。


僕は杖で小獅子座を指した。


「これにします!」


「待て、サクタ!それは」


ロンメル爺やが言い終わらないうちに魔法陣は起動し、風が巻き起こったかと思えば。


「ふぎゃ」


と、魔法陣の外、しかし目の前にライオンもどきが現れたのだ。

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