第47話 孤独(5)
何も事情を知らぬ榊が納得できるはずもないが、あまりにも真剣に頼み込む臣人に違和感を覚えながらベッドに横になっていた。
自分の命までと言われてもピンとは来なかった。
しかし、この二人は昔、何か共通の悲しい出来事があったということだけはわかった。
変えようもないことがあったのだと思った。
彼がそう忠告するのなら、今はそうしようと思った。
今日のような事件はもう自分の力ではどうにもならない。
それを嫌というほど思い知らされた。
彼らの生きている世界と自分は違うと思った。
「___わかりました。約束します。誰にも言いません。でも、」
「?」
「一つ教えてください…葛巻先生」
「答えられることと答えられへんことがあるけどええか?」
こくりと榊が小さくうなずいた。
「オッド先生がいつも冷たい態度なのは……その事が原因なんですね?」
(誰か大切な人を亡くしたから。そうではないですか?)
暗闇の中わずかに入り込む外灯の灯りでわかる榊の目を見つめたまま臣人は黙り込んだ。
今日のバーンとの会話で彼女が感じとった事実を確かめようとしているのがわかった。
彼のなかで『彼女』はラシス以外にはあり得ない。
その事を感じとっていたのだろう。
「…ああ」
目を伏せながら臣人は言葉を切りながら答えた。
「せや。」
「…………」
予想していた答えとはいえ、揺れ動く気持ちを表に出さないようにするのは大変だった。
今日、昼間に音楽室で言葉を交わした彼と櫛田統を浄霊してくれた彼の姿。
自分と同じ傷を背負っている感じがした。
今日一日で彼に対する見方が劇的変化した。
彼のことをもっと知りたいと、彼に惹かれ始めているとそんな感情が表に出始めていた。
心臓が高鳴る。
頬が紅潮した。
あの優しげな眼差しの向こうにいたのはいったい誰だったのか。
彼の無表情を崩せる人物がいたのだとしたらそれは…?
モゾモゾすると榊は顔の所まで毛布を引き上げた。
どんな顔をしているかわかっていたので違う話を振ってきた。
そうすることで今の件を忘れてしまいたかった。
「…今晩、眠れそうもないわ。色々あり過ぎちゃって___」
寝返りをうち、臣人に背中を向けた。
両手をクロスさせると肩口まで手を持ってきて毛布を握った。
首をすくめるようにして横たわっていた。
「余計な心配はせんでもええ。大丈夫。きっとぐっすり眠れるはずや」
背後から声を掛けた。
確信しているように少し声のトーンが上がった。
「どうしてそんなことを断言できるんですかっ?」
「ん?さっき別れる前にバーンが来たやろ?」
「え、ええ」
「あんときになアイツ、右眼で術かけてたはずやで。」
「!」
榊は声も出せず、目を大きく見開いたまま驚いた。
そんなことは思ってもみなかった。
自分がそんなふうにされているという意識も違和感もなかった。
そういえば別れる間際に、バーンが榊のそばに近寄ってきたかと思うと顔を覗き込み、視線が合ったことを思い出した。
何も言わずにただ視線を合わせ、数秒としないうちに離れていった。
あの時、ほんの一瞬だけバーンに見つめられたことだけを覚えている。
ぼんやりとではない。
はっきりとである。
「そないにびっくりせんでも〜」
困った顔で臣人が言った。
「だって!」
身体をくるりと臣人の方に向けて反論しようとしたが、言葉にはならなかった。
「今晩が過ぎれば無害やし。何も悪いことはあらへんから安心して。ベッドに横になると同時に睡魔に襲われて、眠りに入っていく。そういう暗示のはずや」
「…あ……」
臣人にそう言われてみれば、この場所に横になった途端、何かに包み込まれているような安心感を覚えていた。
ゆっくりとどこかへ落ちていく。
意識の底へとゆっくり、ゆっくり。
まるで自分が深海魚にでもなったようだ。
そうこうしているうちに、指を動かそうにも重くて動かなくなっていた。
1本たりとも動かなくなってきた。
頭の奥が痺れたようになってきた。
もう逆らえないほどの睡魔で、榊は意識を失わないように堪えながら目を閉じた。
すると真っ白な空間が見えた。
微かに臣人の声だけが聞こえた。
静かな声だった。
「
「葛巻……先生…」
「さっきのこと、ぎょうさん頼む。わいはどんなことをしてでも
(8年…前?)
もうこれ以上は意識を保っていられなかった。
(一体…なにが……?)
榊は眠りに落ちていた。
「おやすみぃ」
その寝顔を見ながら、臣人は部屋を後にした。
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