第44話 孤独(2)

「____美咲、」

何かを言い掛けたが最後まで言うことはしなかった。

言葉にすることがはばかられた。

そんな感じだ。

美咲は一度、目をつぶると今日の出来事を思い出した。

また、まぶたを開けると父のほうを見た。

この前会った時よりもやつれたように見えた。

押し黙った父の言いたいことはわかっていた。

何度も何度もこんな経験をしていれば察しがつく。

父もあの判断に苦しんだのだと思った。

何事もなく平然と娘を切り捨てたあの判断に。

「…わかっております。今、この不安定な情勢下でお父様がグループトップの座を辞するのは時期尚早と考えました。我がグループにおいても、ひいては日本にとっても何ひとつ良いことはなかったでしょう。お父様の判断は正しかったですわ」

美咲は冷静にただ事実を羅列した。

自分の下した判断を正直に話した。

父はそれを聞いて黙り込んだ。

「企業人としてはな」

「…………」

「親としては最低だ」

吐き捨てるように言った父の言葉を美咲は黙って聞いた。

父の跡を継ぐと決められた日から、決めた日から自分の運命も決まった。

「人の上に立つ者としては覚悟の上と認識しております」

まっすぐに父を見て、ただ静かに口を動かした。

「お父様の跡を引き継ぐ決心をしてから私も覚悟を決めております」

「美咲_____」

父がしゃべるのを止めようとしても話し続けた。

「例えそれで死んだとしても、それは私の力がいたらなかったためで、決してお父様の責任ではありませんわ」

美咲は沈黙した。

父も沈黙した。

そんなふうに生きなければならないと育ててきた。

強い意志と冷静な状況判断力、抜かりない実行力がなければ生きていけぬとそう教えてきた。

あまりわがままなど言ったこともなく、素直に育ってくれたと思う反面、何一つ娘らしいことをさせてやれなかったという後悔もあった。

だからというわけではないが、娘が通いたいと切望した高校へ通わせていた。

寮生活も許可した。

本来ならそんな危険は冒させたくはなかった。

高校も寮も警備が万全というわけではないのだ。

いつ身の安全が脅かされるともしれない。

が、美咲はそれを望んだ。

『他にわがままは何も言わないからこの高校にだけは通わせてほしい』と。

綾那彼女のそばにできるだけいさせてほしい』と。

それを許してしまったことを後悔していた。

この屋敷にいても教育は受けることができる。

この屋敷の中ならば安心して教育を受けることができる。

それも普通高校の教育ではない。

日本最高水準にある指導陣の教育を受けることができるのだ。

しかし美咲が求めたのはそんなことではなかったのだ。

本当にほしかったのは人とのつながり。

友達だったのかもしれない。

美咲は気になったことを一つ思い出し、黙り込んだ父に再び話しかけた。

「お父様、ひとつよろしいですか?」

娘の考えていることはわかっていた。

「『混沌の杖』についてか?」

「はい。」

あまり詳しくは言えないと表情から読み取れた。

「数年前から圧力がかかっている」

美咲は父の雰囲気を敏感に感じとった。

「どんな組織なのかお聞きするわけにはいかなそうですね」

「うむ。まだ知らぬほうがよい」

「はい。」

とはいっても納得できるはずもなく、形ばかりの返事を返していた。

深く食い下がることのない娘の姿に多少不安は感じたものの、追及はしないことにした。

娘の性格はわかっているつもりだ。

いくら止めても、いくら心配しても娘はやると言ったらやる人間だということが。

(伝えなくても、いずれわかることだ。お前がわたしの跡を継げば否応にも)

「では、お父様」

美咲はこれ以上父からは何も聞き出せないとわかっているのか、あっさりと引き下がった。

一礼をして部屋を出ていこうと向きを変えたその背後から再び声を掛けられた。

「美咲、」

「はい?」

もう一度振り返って父の顔を見つめた。

父も娘の顔を見つめた。

「夏の旅行に行けなくなって、すまんな」

こんな事が起こってしまっては父は自由に外出はできなくなる。

それは美咲にもわかっていた。

「いいえ…」

ちょっと微笑んだ。

父はその顔を見てドキッとした。

年相応よりは少し大人びいて見えたからだ。

「旅行はがありますわ。」

こう言ってから、彼女の顔から笑みが消えた。

「お父様とわたくしが戦う相手には通用しませんから。」

「____言うようになったな」

娘の真剣な顔を見て父も笑った。

「もう18ですから。では、お父様」

一人前だと言わんばかりだ。

「うむ。今回、世話になった高校の先生方やその拳法使いの少年にも宜しく伝えてくれ。本来なら出向いていって、礼を言わねばならんのだがな…なかなかな」

「そのへんは抜かりありませんから、大丈夫ですわ」

美咲は部屋をあとにした。


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