第36話 羽根(2)
「ありがとう…」
「え?」
榊は驚いて目を見開いた。
なぜ彼が礼を言うのか予測できなかった。
バーンは穏やかな表情で彼女の身体を支えていた。
「俺を……信じてくれて…」
「どうしてですか?どうしてそんなことを?」
バーンはそんなことを言う榊を尻目に、こんな事を言ってしまった自分を後悔した。
自分に向けられたプラスの感情に戸惑って、どう対処していいのかわからなかった。
「小さい頃から自分の望む望まざるに関わらず…こんな力を持っていたから何をするにも、何が起こっても疑われて……育ったんだ」
(人が死ぬのはきっと俺の所為。
人が傷つくのもきっと俺の所為。
化け物だ、悪魔だと罵られて……
どこまでいってもこの
何度、この右眼をこの手でえぐり出してしまおうと思ったか…わからない。
そんな俺でも生きてこられたのはラティの言葉があったからかもしれない。
彼女の言葉がなければ、きっと……)
「オッド先生」
悲しそうな顔で彼の話を聞いていた。
「
榊が初めて見るバーンだった。
(彼の持つ雰囲気はそこから来ているのかもしれない。
彼の人を寄せつけない雰囲気は。
他の人に対して不信感があるのかしら?
人を信じられなかったのかしら?)
「おつらかったでしょうね。誰も…わかってくれないなんて」
肯定も否定もせず沈黙した。
(…家族と
それが当たり前だと思って生活してきた。
ラシスと出逢って、それが当たり前でないと知った。
はじめて感情というものを意識した。
はじめて想いに力があると知った。
今の自分はあの当時の彼女の想いに支えられて生きている。
そう思えるようになっていた。
榊はバーンに抱かれながら、まじまじと顔を見つめた。
こんなに見つめたらどう思われるだろうと心配しながら見つめた。
それ以上に今まで知らなかった彼の一面を知ることができて、うれしいという思いもあった。
そんな複雑な思いで彼の腕にすがっていた。
突然、バーンの口の端がほんの少し上がった。
静かに笑ったように見えた。
「俺、少しほっとした……。
その表情を見て榊はドキッとした。
鼓動が速くなるのを感じた。
「私もちょっと安心したかも。あまり表情をお出しにならないから、そういうこととは無縁の方だとばかり思っていました」
彼女も正直に思ったことを彼に伝えた。
「…………」
バーンも予想外の答えに蒼い眼を一瞬大きく見開いた。
そのまま、またバーンは黙り込んでしまった。
不思議そうに榊が小さく声を掛けた。
「オッド先生?」
(いつもと勝手が違う…臣人に話すのとも、リリスに話すのとも違う。
でも、なんだか……ひょっとしたら、俺はこれを望んでいたのか?
こうなることを…?)
心がほんの少し軽くなった気がした。
今まで自分の中に封印してきたことを初めて関係者以外に話すことになった。
後悔はなかった。
違和感もなかった。
戸惑いもなかった。
「こんなふうにこの話をしたのは……8年ぶりだ」
独り言のような言葉をつぶやいた。
よく耳を澄まさないと聞き取れないほどだ。
「誰かに…聞いてもらえて……救われることがあるんだな…」
そう言うとバーンは視線を榊から前方に移した。
「お互いに変ですね。こんな時にこんな話」
「…………」
バーンから穏やかな雰囲気が消えた。
この現状を打開しなければならない。
何も終わっていないのだ。
結界に閉じ込めただけ。
眼の前の霊をなんとかしなければならなかった。
二者択一で、榊の選択した方向へ。
その事を無言で彼女に訴えた。
彼女もそれをわかったのか周りをぐるりと見回した。
赤い炎にぐるりと取り囲まれていた。
めらめらと燃えているはずなのにそれほど暑さは感じなかった。
バーンの魔法陣の周りを炎と一緒に勢いよく風が渦巻いていた。
その風が熱気を上空へと巻き上げていた。
ちょうど竜巻のように。
その向こうに臣人が外の結界を張り続けているのが見えた。
低い声で真言を唱えながら、形態化した影を閉じ込め続けていた。
榊はバーンからゆっくり離れて、立ち上がった。
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