第31話 傷痕(4)
「ほなら、いっちょ、気合い入れてやりまっか!」
こくっと確かにうなずいた。
それを見て臣人もうなずいた。
(OK!じゃぁ炎の結界を狭めていって身動きできないようにするでぇ)
臣人はさらに両手で結ぶ印に念を込めた。
手首をクロスさせ、左右の手、人差し指と親指で輪を作り、残り3本の指をピンと真っ直ぐに立てた。
「ノウマク・サバラ・タタギャティビャク・サラバ・ボッケイビャク・サラバタ・タラタ・センダ・マカロシャダ・ケン・ギャイギャキ・サラバ・ビキンナン・ウンタラタ・カンマン…」
臣人が真言を唱えるごとに炎の結界がバーンのつくる魔法陣の方へジリジリと近づいてきた。
室内の気温はどんどん上昇している。
空気がゆらめいているのがはっきりと見てとれた
バーンは一点を凝視していた。
歪んで見える黒い澱みを。
「…………」
「ウンッ!」
一際大きな鼻濁音が聞こえるのと同時に、何かが裂けるような音が響いた。
「
目を閉じたまま臣人が叫んだ。
それを聞くとバーンは静かに口を開いた。
「アニス…榊先生の守りを…頼む」
「Yes, Sir!」
肩に乗っていたアニスがトトンッと降りて、榊の肩に乗って前を向いた。
大きな深紅の瞳をカッと見開いた。
白い牙が見え隠れし、黒光りする体毛が総毛立っていた。
バーンは左手の人差し指を立てると手の甲を前に向けるように差し出した。
(この霊を…形成化させる……。説得できればいいが、)
「Oip-Teaa-Pdoke Oro-Ibah-Aozpi Mph-Arsl-Gaiol Mor-Dial-Hktga」
低い声で呪文の詠唱を始めた。
「LAHALASA」
言葉の各文字を振動させながら、空中に一筆書きのように
「すべての形態化の守護者…よ、
すべての行為の実行者…よ、
すべての名を名づける者…よ、
今、我がもとへ来るべし…」
それと同時に黒い澱みが形を作り始めた。
背の高い男の姿に見えた。
そう言うとバーンは静かに手を下ろした。
どこからともなく音が聞こえた。
音が意味ある言葉に聞こえた。
この空間のいたる所に反響して、どこから聞こえてくるのかわからなくなるほどの声だ。
背筋を寒くする様な低音の声だった。
『その…女をよこせ!』
「…………」
男が指を広げた手を前へ伸ばして、榊に近づいた。
『よこ…せっ!』
叫ぶように強い口調で命令した。
そんな脅しはバーンには通用しない。
強固な魔法陣のなかには如何なる霊であろうと立ち入る事は叶わない。
もちろん臣人の結界の外に出る事も不可能であろう。
ゆっくり時間をかけて、ようやく男の顔の表情までわかるほどに形態化した。
血走った目は人間のそれよりは獣に近かった。
榊を奪おうと伸ばす手は身体の比率からすると異常に長いものだった。
バーンはまっすぐに燃えるような金の瞳で彼を見つめていた。
「…渡さない」
彼女を抱いている腕に力を入れた。
「死してなお、…なぜそんなに…現世に固執する?櫛田統、あんたの生は…5年前に事故で終わっているんだ。
ジリジリと間合いを狭めながら影は彼らに近づいてきた。
『いや…だ。その女は俺の物だ。俺を愛し、俺のために生きることを誓った女だ』
その足先が結界に触れた。
『だから、俺がどうしようと勝手だ。お前ごときの指図は受けん』
その太股が結界に触れた。
『そいつは俺より劣っていなければならない』
その両手が結界に触れた。
『そいつは俺より不幸でなければならない』
その身体が結界に触れた。
『そいつは俺より後悔しながら生きていかなければならない』
その頭が結界に触れた。
ビリビリと電気が走っているように稲妻が影に突き刺さっていた。
それによって痛みを感じているようにも見えなかった。
ただひたすら前に前に、彼女のそばへと突き進んでいるように見えた。
自分の欲望のままに、自分の感情の赴くままに突き進んでいるように見えた。
その影の言葉や行動を見ながら、バーンの中に一つの感情が芽生えた。
いつもなら頑ななまでに抑え込もうとするその感情をほんの少し受け入れようとしていた。
すべてを受け入れたわけではない。
やはりすべてを受け入れようとすることは怖かった。
心のどこかが冷めていた。
心のどこかに理性を残していた。
それでも許せなかった。
その影が発した言葉が。
「勝手なことを…言うな」
小さな声で呟き、否定した。
「彼女は…物じゃないっ。意思ある生きた人間だ!」
初めの言葉とは違って思いのほか大きな声に臣人は驚いた。
声を荒げるバーンなど見た事がなかった。
もうひとつ特筆すべきは彼が言った言葉が心の片隅に引っかかっていた。
(この言葉、確かどっかで聞いたことがあったような?
………
!
そういやラティが、わいに昔くってかかった時に確か。
そうや、あん時や!
あん時の自分に重なって見えるんやろか?
あん時はお前は言われる立場やったのにな)
そんな事を思いながら臣人はニヤリとした。
バーンの心が臣人が思っている以上に解放されつつあることを知って嬉しくなっていた。
そんなことを思っている余裕はないはずなのに、それでも嬉しかった。
(あかん、あかん!集中せなぁな)
数度、臣人は首を振って、雑念を払った。
今の自分にできることは『しっかり
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