第29話 傷痕(2)
バーンはほんの少し顔を上げた。
顔を隠していた前髪が上がると真っ直ぐに榊の顔を見ていた。
気を失ったまま悪夢の中にいる彼女の顔を。
その瞳には怒りの色はなかった。
むしろ悲しみの色を宿していた。
「今から起こることを…お前達には見せたくない……」
彼女の首に回した右手で黒髪に触れた。
彼の右眼にはなぜ彼女が昏倒したのかその理由が見えているのだろうか?
(榊先生も…きっと知られたくないだろう…)
「バーン先生!」
美咲を支えるように抱いていた綾那が叫んだ。
彼のすぐそばに立っていた臣人も確信していた。
バーンがここまで神経質になることはひとつしかなかった。
彼に不思議と付きまとう偶然の一致。
『死の翼』
(バーンがここまでこだわる理由はひとつだけや。
この件が霊絡みの事件であるやっつぅこと。
人の生き死にが関わっとること。
その原因が榊先生にあること。
しかもそれは子どもには見せられんことだということや。
せやろ?バーン?)
臣人の目つきが変わった。
大きく息を吸い込むと一際大きい声で叫んだ。
「
「臣人さん」
「あとは頼む」
臣人は投げキッスとウィンクを送った。
鳳龍はそのひと言でようやくここを離れる決心した。
臣人が大丈夫というのなら大丈夫だとわかっていた。
「は、はい。」
鳳龍は美咲に肩を貸すと出口に先導した。
「こっちです!」
後ろを振り返りながら心配そうに綾那が彼らを見ていた。
「任せぃ。こっからはわいらの領分や。なっ?」
そう言いながら臣人は彼女に固く握りしめたコブシを上げて見せた。
彼が言った領分の意味を知っている綾那は少し不安そうな表情を浮かべた。
彼ら3人の姿が見えなくなると、臣人はバーンのそばへさらに近づいて行った。
身動きひとつせずに榊を抱きかかえたままだった。
「…………」
バーンはうつむいていた。
空気がどんどん重くなっていった。
彼の心がその場に反映されているように、空気がざわめいていた。
肌に突き刺さるようなピリピリした雰囲気があった。
臣人はバーンの心中を推し量って、心配していた。
非常に稀なケースである。
こんな状況下で出現した霊は普通の霊ではない。
その状況を
臣人は彼女を抱いたままのバーンをただじっと見守る以外になかった。
そんな嫌な沈黙が続いた。
どのくらい経っただろうか、ようやくバーンが口を開いた。
「俺のそばにいたから…彼女はこんな目に遭ったんだ…」
臣人の心配はあたっていた。
やはりバーンは自分を責めていた。
「バーン」
「彼女がトラウマを抱えて生きてきたとしても…霊的な原因がそこにあったのだとしても……俺さえいなければここまではっきりとした形で出現はしなかった…はずなんだ……」
「バーンッ!」
思わず叫んでしまった。
左手に握っていたナイフを投げ捨ててしまうほど感情が高ぶった。
否定する気持ちを抑えることはできなかった。
確かにバーンが居ることによって、その『力』に引きずられるように霊が活性化することもある。
だがそれが問題ではないはずだと言いたかった。
「わかってるよ。臣人の言いたいことは…」
臣人の言葉を静かに遮った。
周囲の雰囲気とは逆にバーンの言葉は臣人の予想に反して取り乱した様子もなく、いつになく冷静だった。
どこかが違っていた。
何かが変わっていた。
「わかってる…」
自分に言い聞かせるように繰り返した。
「せやったら、」
「だから、なおさら許せない。俺自身も。このトラウマの原因を作ったヤツも。でも、」
「…バーン」
うつむいていた顔が上がった。
臣人の方を見上げていた。
「な、臣人。…この『力』で彼女を助けることができるのなら、このトラウマから彼女を解放することができるなら…そのためになら…俺は…」
榊を抱く腕に力を入れた。
「…自分の『力』を恐れない……」
驚くほど凛とした眼で臣人を見ていた。
今までのように何かに怯えたような様子はなかった。
「自分の意志で、自分にできることする…」
何かが吹っ切れた。
そんな表情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます