第28話 傷痕(1)
(ふむ。あの女を使うか。
実に面白い
覚醒にほんの少し手を貸せばそこそこ使い物にはなりそうだ)
口の端はいやらしいほど持ち上がり、眼下に広がる愉悦を極めていた。
暗い金髪、紫の瞳、神父服のようにも見えるハイカラーで丈の長い黒服に身を包んだ背の高い男がいた。
工場内で怪しい視線が彼らを見下ろしていた。
物陰に隠れるわけでもなくある場所に立ったまま動かなかった。
それは気配も存在感も何もなく、仮に見たとしても認識できないだろう。
それは壁と同じなのだ。
(では、お手並み拝見といこうか、バーン・G・オッド君)
パチンッ
それは微かに指を鳴らした。
美咲と綾那のそのほんの後ろに榊が立っていた。
暗い顔をしながら立ち尽くしていた。
心なしか身体が震えているようにも見えた。
美咲や綾那のそばに行くわけでもなく、工場内を見たまま硬直してしまっていた。
「?」
臣人はバーンの方を見た。
榊のこの状態を不審に思った。
いつもなら真っ先に生徒に駆け寄って、状態を確認するはずの彼女が動かない。
「!?」
バーンも異変に気がついているのか榊の方をじっと見つめたままだった。
感覚のチューニングを変えて、周囲をくまなくチェックした。
変わった気配はしなかった。
しかし、次第に彼の表情が険しくなっていく。
それに呼応するかのように榊の表情も変わっていった。
怯えたものになっていった。
(様子が変だ。
何か霊的な力を感じる……。
一体…どこから?遠い…か…?
いや、ちがう。
むしろもっと近く…)
「榊センセ?これで一件落着のようですわぁ」
痺れを切らした臣人が再び声を掛けながら近づいていった。
ちょうどバーンと並んだ。
「顔色が悪いでっせ、大丈夫でッか?」
彼女の表情が凍りついた。
視線は臣人に向けられているが、臣人を見ているわけではなかった。
その視線が臣人の持つナイフに吸い寄せられていた。
「やめてっ!
急にそう叫ぶと榊は気を失って、昏倒した。
その声に周りにいた綾那も美咲も振り返った。
鳳龍も駆けだして『何事か!?』バーンのそばにやって来た。
「!?」
力無く床に落ちていく身体をバーンはとっさに腕を伸ばし支えた。
まるでスローモーションのようにしなやかな黒髪が揺れ動き、顔にまとまりついた。
(まさか、榊先生に…?)
腕の中でぐったりしている彼女の身体を霊視してみると右肘が異様なエネルギーを放っていた。
さっき音楽室でヒーリングしていた時には感じなかった何か禍々しいものが彼女のなかにあった。
(これは…?)
バーンの意識が誰かの意識と同調した。
榊にものではなかった。
榊と一緒にいた、榊ではない誰か。
脳裏に断片的な映像が浮かんできた。
マイナスの感情が一気に彼のなかに流れ込んできた。
「くっ」
ぎりっと唇を噛みしめた。
意識を持っていかれないようにしなければならないほど強い念だった。
(これほどの…想いで?
どうして、今まで…気づけなかったんだ?)
「
榊を抱きしめ、床に膝をついたままでそばにいる彼の名を呼んだ。
さすがの鳳龍もバーンの放つ雰囲気に身震いした。
今まで知っているバーンではなかった。
ゾッとするほどの冷たい気を放っていた。
「バーンさん?」
初めての経験だった。
意識していないのに声が震えていた。
うつむいて顔が見えないバーンから聞こえてくる声は低く、地の叫びのように聞こえた
「劔地と本条院を連れてこの場所から離れろ…」
「でも、」
バーンを残してこの場を去れないことはわかっていた。
体力勝負の肉弾戦なら、それは間違いなく自分の領分だ。
バーンには臣人がついているとはいえ、榊を抱きながらの応戦が困難なことは容易に想像がつく。
あらかた敵は倒したといえ、いつ新手が来るかわからない状況であることに変わりはない。
それがわからない
なぜ、ここから立ち去れというのか。
そう思いながら彼の顔を見つめ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます