第24話 乱闘(7)

外では様子をうかがいながら、今か今かとヤキモキしながら待っている綾那や榊の姿があった。

銃声がやんで随分な時間が経過している。

もう大丈夫ではないか?中に入れるのではないか?と詰め寄る綾那達をバーンは必死にくい止めていた。

バーンの視線が一点に集中した。

その視線を追うように綾那も榊も同じ方向を見た。

美咲と臣人の姿が見えた。

「……臣人」

それ以上の言葉をバーンは飲み込んだ。

無事戻ってきてくれたことが嬉しかった。

「ああ。なんとかな」

それでも臣人は答えてくれた。

そして目で、やっぱり鳳龍がいたと合図を送った。

疲れた顔の美咲が声を掛けた。

「…綾、オッド先生、榊先生…」

「…………」

榊が臣人に代わって美咲を支えた。

「本条院さん、ケガはない?」

「はい。平気です。ご心配をお掛けしました」

今度は綾那が飛びついてきた。

「よかったぁ~、みっさ」

「綾。ごめんなさいね。あなたまで」

「ううん。別にいいの。みっさが無事なら」

綾那は美咲の身体のあちこちに触れると本当にケガをしていないかどうか確かめはじめた。

「さあ、本条院さん、あとは警察を呼んで任せましょう。向こうで大西さんも待っているわ」

「素直に『はい』と言いたいところなんですが、」

疲れていた表情が変わった。

意志の強い目で訴えた。

自分の言葉に支えられるように、美咲は自分の足でしっかりと立った。

「この件の首謀者にまだひとつ聞きたいことがあるので、決着がつくまではここに残りたいと思います」

その言葉に榊はキレた。

「まだそんなことを言っているの!!みんなどれだけ心配したと思ってるの!?」

「わかっています。ですから無理を承知のうえです」

「…………」

「でも、どうしても必要なことなんです」

美咲は頑として一歩も引こうとしない。

17歳の高校生とは思えないほどの、榊が何も言えないような雰囲気を持っていた。

なぜここまでこだわるのか理由が知りたかった。

たまらずバーンも口を開いた。

「…それはお前自身のためか?」

「いいえ…」

「…………」

「父のためです。それと企業グループ全体のためです」

きっぱりと答えた。

「…………」

まっすぐな目でバーンを見つめていた。

彼女には彼女の引けない理由があるのだろう。

自分たちにはわからない何かが。

「…わかった。」

バーンは静かに同意した。

「ただ、俺たちも一緒に行く。…それでいいな?」

「はい」

美咲はぺこっと頭を下げた。

「その前に綾、大西をここに呼んでくれる?」

「ん。…わかった、待っててね」

綾那は一目散に駆けだした。

程なく大西がやってきた。

うれしさと安堵の表情が顔に出ていた。

「お嬢様、よくご無事で」

彼女の両手にすがりつき、強く握った。

しかし、美咲はその手をなかば振りほどいた。

感慨に浸っている場合ではないと行動で表していた。

「余計なことはいい。大西、次の手を打ちますよ」

そうされて大西もいつもの執事に戻った。

本条院家執事の職に恥じないように動かねばならない。

「は、はい」

美咲は次々と指示を出し始めた。

「本部に連絡をして非常事態DからEにシフト。お父様が電話を切っている時点でDに移行しているはずよ。急がないと外からやられるわ」

「はっ」

「それから、公安当局に連絡をとって、急いで犯人を連行させて。誰一人殺さず生かしたままで…です」

(公安…だと?)

バーンも臣人も榊も綾那も顔を見合わせた。

「はっ」

「いいですね。速やかによ。生きた手がかりを失うわけにはいかないわ」

この誘拐事件の真相を知ることが彼女にできる唯一の報復なのだ。

しかし『警察を呼べ』ではなく、公安とは穏やかではなかった。

本条院家だけでなく、もっと何か大きなカラクリがありそうだと睨んでいた。

「かしこまりました。直ちに」

そう言い残すと大西は自分の車に戻り連絡を取り始めた。

「これで間もなくが来ますよ」

美咲はちょっと微笑んだ。

榊は美咲の言動に底知れなさを感じて怖くなった。

それは一介の高校生とは思えなかった。

「じゃ、戻ります。オッド先生、臣人先生お願いしてもいいですか?」

「…………」

バーンは黙ったまま承諾していた。

「仕方あらへんな。気ぃは進まんが」

口ではこんな事を言っていても臣人はすぐにでも突っ込んでいきそうな勢いだ。

「綾はここにいてね。」

釘をさすように綾那に言った。

彼女だけは巻き込みたくなかったのだ。

「みっさ…」

心配そうに美咲を見つめるしかなかった。

何を言っても美咲は聞く耳を持たなさそうだった。

自分が知っている美咲ではないような気がした。

「あなたは関係ない。これは私の問題よ」

「でも、」

「大丈夫。ちゃんと戻ってくるから。それに先生たちもいるし、ね」

いつになく穏やかに笑っていた。

その笑顔を見て綾那は肯定の返事をせざるを得なかった。

「…うん。わかった」と言っても納得はしていなかった。

彼女がそう言うのだからここで待つ以外にはないのだろう。

「ありがとう」

美咲は綾那に背中を向けて歩きはじめた。


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