第23話 乱闘(6)
その隙に臣人が男の背後へ回り、羽交い締めにしギリギリと首を締め上げ始めた。太い筋肉質の腕が男の頸動脈を圧迫した。
このまま圧迫し続ければあと10秒ほどで意識を失うはずだ。
鳳龍はようやく加勢してくれた男の顔を見た。
「臣人さん!?どうして?」
目を丸くして驚いた。
視界に入る臣人の姿。
そんな驚きの言葉とは関係なく、鳳龍の攻撃の手はゆるまなかった。
視線は闘っている敵に向けられたままだ。
鳳龍は右手正拳突きを水月に向けて放った。
男はその拳を防ぐために持っていた銃を横へ手放した。
それを見逃さず鳳龍は再び遠くへ蹴り飛ばした。
男は両手で臣人の腕をつかんで振り払おうと必死に抵抗していた。
「どうして?はこっちのセリフや!説明せい、説明」
「はい、見てのとおりです」
嬉しそうに鳳龍は笑った。
だが再会を喜んでいる暇はないのだ。
「了解。片付けちまってええんやな?」
臣人はグイッとさらに締め上げて、あっという間に男の意識を落とした。
今まで抵抗し続けていた四肢から急に力が抜けて、だらん…と力なく下へ垂れ下がった。
「はいっ」
「本条院はわいに任せぃっ!」
最後に残ったのは美咲に話しかけていたあの男だ。
「すいませんっ」
鳳龍はその一言に安心したのか、その場を臣人に任せて駆けだした。
臣人は抱え込んでいた男の身体を離すと直ぐさま美咲のもとに走り寄った。
抱き起こすと首筋に手を当てた。
脈はある。
呼吸も正常だ。
意識を失っているだけのようだ。
臣人は美咲を座らせるようにすると背後に回り、呼吸を整えながら手を肩に掛けた。
「はっ!」
彼女の身体に喝を入れた。
ピクリと手が動いた。
気がついたようだ。
蒼白な顔で、焦点が定まらないうつろな瞳で見上げた。
「…寝起きで見る顔が臣人先生だなんて…あんまりだわ…」
「あのなぁ~この期に及んで、まだそんなへらず口たたくかぁ、普通」
困ったような口調だったが、半分ほっとしていた。
これだけ悪態がつければ心配はいらないと思った。
「痛っ」
身体を起こそうと力を入れると、さっき殴られた所がズキズキと痛んだ。
手で触るとコブになっていた。
「ひどい…」
不愉快そうにふくれた。
『女の子の頭を殴るなんてどういう神経かしら』と文句を言わんばかりだ。
「生きとるだけありがたいと思わんかい!」
困った顔で臣人は美咲を見ていた。
「そうそう簡単には死にませんわ」
「…………」
その言葉の重みを臣人は知っていた。
だからこそ居たたまれず、何も言えなくなった。
とりあえず気を取り直して、彼女を安全な場所へ連れて行かなければならない。
「動けそうかいな?」
「たぶん。」
「なんならわいが抱きかかえていってもええんやが」
半分冗談、しかし半分は本気で言った言葉だった。
「結構ですわ。二本の足があるんですから自分で歩けます」
いつもと同じように冷たく拒否した。
普通なら笑い飛ばすはずの臣人が今日はそうではなかった。
神妙な顔でこう続けた。
「本条院、」
「はい?」
「こないな時まで、そんなに無理して背伸びせんでもええぞ」
美咲はその言葉に少し戸惑った。
背伸びしているなんて思っていなかった。
こうすることが当たり前だと思っていた。
日常では。
「…………」
今は非日常だったんだと認識し直した。
誘拐されたのだったと思い出した。
つい今しがたまで戦っていたのだということも思い出した。
臣人がいたことでその非日常が日常化したと錯覚して安心していたのかもしれない。
「じゃあ、肩を貸していただけますか?」
ふうっとため息をひとつつくと、いつもよりはトゲトゲしくなく言った。
「おお。胸も貸してやるで」
「そこまではいりません」
調子に乗って軽口を叩き過ぎかなと思いながら、臣人は美咲を連れて工場の外へ出るのだった。
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