第21話 乱闘(4)

ようやくアニスの示した場所に到着した。

廃工場とはいっても、トタン屋根を葺いた赤サビだらけの倉庫のような建物があるだけの場所だった。

臣人は車をそのそばにある林の中に隠すと外に出た。

バーンも外に出て、空を見上げた。

太陽がだいぶ傾いている。

午後の遅い時間帯。

夕闇に閉ざされる前になんとしても決着をつけねばならないと思った。

「…アニス……」

小さな声で呼ぶと子猫が再び彼の肩に乗っていた。

さっきより少し大きくなったようにも見える。

毛並みもツヤもよくなっていた。

「!」

やはりいきなり目にすると信じがたくなる光景だった。

今まで存在しなかったものが存在する。

榊は動揺する心を抑えつつ、平静を保とうとした。

逆に綾那は、今まで何度か目撃していることもあって、さして驚くようなことでもなかった。

それよりも今心配なのは美咲のことだったのだから。

バーンも臣人もケースがケースだけに秘密裏に行おうとはしていなかった。

本当なら術を使うところを公にはしたくないのだが。

その事すら認めさせるような雰囲気がその場にはあった。

「…………」

「にゃぁ。けぷっ」

アニスはこの姿ではあえて人語を話さなかった。

リリスに厳しく仕込まれた結果だ。

この人間界で生きていくには、できるだけ自分の本当の姿を隠すべきだと教えられていた。

それが無用な誤解を避けることになり、自由に動くためには必要なことだった。

バーンにだけ念話のような形で状況報告をした。

「……臣人」

「なんやて?」

「工場周辺を警備していた男達が20名ほどいたらしいんだが、ようだ……」

「にゃ!」

得意げに胸を張っていた。

「は~ん」

臣人は『サキュバスの力全開でったな』と思った。

「そんなん派手なことして、なかの連中に気づかれへんかったのかいな?」

バーンはちらっとアニスの方を見たが、『そんなドジはしません』と自信満々な顔だった。

「…本条院は無事なようだ」

「よかったぁ~」

綾那が安堵の声を上げた。

「犯人は男のみ5人。ただ、」

「うん?」

「今、交戦中…らしい。どうやら、美咲と一緒に戦っている……がいる」

まずいなという顔でバーンが言った。

「!」

少年という言葉に綾那が思わず声を上げた。

「あっ!!」

「なんや、こないな時にびっくりさすなぁ~」

「わ、忘れてた!」

「何を?」

鳳龍フェイロン君」

「何!?」

どうして綾那の口から彼の名が出てくるのかわからなかった。

動転した頭で必死に事情を説明しようとするがますます混乱するばかりだ。

「だから、鳳龍君がいたんです。臣人先生に会いに来てて、たまたま一緒になって、それで…」

バーンと臣人は顔を見合わせた。

かいつまむとたぶんこういうことだ。

街で彼女たちは鳳龍に出会った。

臣人に会いたいと告げ、彼女たちもそれを了承し、その途中で美咲が連れ去られた、ということらしい。

偶然にしてはできすぎているが、今は願ってもない展開だった。

鳳龍なら美咲が連れ去られた時の異変にいち早く気づき、何らかの行動をとるはずだ。

彼は素人ではない。

これ以上強い味方はいないと思った。

彼が一緒ならばそんなに心配しなくてすむ。

しかし、その場にいるのが本当に鳳龍かどうかの保証は確かめてみなければわからない。

一抹の不安と希望を抱えつつ、とにかくその工場へ向かうことにした。

「バーン」

「…………」

「どっちにしても、急がなあかんな。」

「行こう…」

結構な距離を取って4人は車をあとにした。

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