第20話 乱闘(3)

アニスは廃工場に一番近い場所にある公衆電話の受話器から顔を覗かせ、周囲に誰もいないことを確認すると表に出た。

「ふ~ん」

黒い子猫のままである。

キョロキョロとあたりを見回すと赤サビだらけでとても工場とは思えない建物が目についた。

なだらかな丘のすそにぽつねんと建っている。

「あれね…」

もっとよく目を凝らすと工場を取り囲むようにパラパラと人が立っていることが確認できた。

「あら、随分ものものしい警備ね」

うれしそうに笑った。

人相があまりよくないので、やくざが暴力団の構成員というところだろう。

ざっと見積もっても20人近くはいそうだ。

(どうしようかな? マスターには先走るなよと釘を刺されたけど。

あの人達をクリアしないと先には進めないわけで)

アニスの計算だとバーン達がこの場所に到着するまで20分。

それまでにできるだけの情報と状況の改善をしたかった。

「仕方がない。でケリつけちゃお~っと」

そう言うとぴょんと前方に飛び上がった。

くるりと一回転して、次の瞬間には黒のワンピースを着た赤い髪の少女の姿になっていた。

とん…。

着地に足音はほとんどしなかった。

「悪くないわね」

アニスはスカートのすそから見えるフリルを手でもって気にしながら満足げに微笑んだ。

「さ、いってみようか!」

てくてくと工場に向かって歩きはじめた。

遠くから誰かが近づいてくるのが見えた途端、工場の外を警備している男達がざわついた。

「おいっ、誰かこっちに来るぜ」

一人がこう呟いた。

おおよそ等間隔で距離をとりながら、ぐるりと建物を取り囲むように立っていた。

片手をポケットに突っ込んだままでいたり、木刀らしき物を持っている男もいた。

「持ち場を離れるな。いざって時は、わかってるな?」

皆各々うなずいた。

近づいてきたのが小さな女の子だとわかるとその緊張が少し緩んだ。

「あの~」

今にも泣きそうな声でアニスは一番近くにいた男に話しかけた。

目をうるうるさせながら、上目遣いで見上げた。

「お母さんとハイキングに来たら、その……はぐれちゃって。電話のある場所か、もし携帯電話を持っていたら貸してくれませんか?」

「なんだこんなところで迷子かよ」

数人の男達がせせら笑った。

「お嬢ちゃん、この坂を真っ直ぐどこまでも下っていけばコンビニがあるぜ。そこでなんとかしな」

少女は首を傾げながら目の前の男の足元をウロウロした。

「お兄さん達は何してるの?」

「仕事だ。じゃあな」

その男が少女の頭をクシャクシャと撫でた。

彼女の大きく紅い目が光った。

男は頭に手を載せたまま、どっと地面に倒れ込んだ。

「!?」

「きゃっ!?」

少女は驚いて両手を口元に持ってきた。

男はピクリとも動かなかった。

「おい!」

そばにいた別の男が駆け寄った。

倒れた男の様子を見ると白目を剥いていた。

口からはだらしなくヨダレが流れていた。

「何? お兄さんどうしたの?」

少女は駆け寄った男のズボンをつかんだ。

「よく…わ…か……」

その男も突然倒れた。

「!」

この訳のわからない現象に周囲にいた男達は驚いた。

毒ガス?

それとも狙撃?

いや、銃声がしていない。

毒ガスだったらここいいる全員が倒れていいはずだ。

「怖いよぉ」

少女は近くにいる数人に抱きついた。

すると今度は抱きつかれた男達が倒れた。

「おめぇ!」

「あ~あ、ばれちゃった。でも、気づくのが遅すぎるわよ」

アニスは走り始めた。

身軽に駆け回ってその場にいる男達に次々に触れて回った。

触られた者は次々と意識を失って倒れた。

異変に気づき、ポケットに隠し持っていたサイレンサー付の銃を彼女に合わせるが、動きが速すぎて照準を合わせる前にやられてしまっていた。

彼女はサキュバスなので男達の精気を一瞬で喰ってしまうのだ。

気を失わせるほどに。

「夏前にせっかくダイエットしたのになぁ~」

などと、余裕の一言を言いながら、その場が完全に沈黙するまで5分とかからなかった。

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