第19話 乱闘(2)

車で走ること50分。

道路はどんどん細くなり、新鮮な空気と緑の山間部に彼らはいた。

ここが、アニスが指し示した座標だ。

この辺りのどこかに美咲がいるはずなのだ。

「なんとも人気のない所に連れ込んだなぁ~」

閑散とした場所を見て臣人は感想を漏らした。

「…………」

「葛巻先生、オッド先生、あの…」

「は!?なんでっしゃろ?」

「そろそろ警察に知らせた方がいいのではありませんか?」

榊がここにきて、もっともらしい意見を言った。

「どうして大西さんも連絡しなかったのかしら?」

「…………」

バーンは難しい顔をして黙り込んだ。

臣人もそれを見て話すのを躊躇した。

「それは、できへんやろな」

彼らは大西がそれをできない理由を知っていた。

できないと言うよりは、しないのだ。

「どうして?」

何も事情を知らない榊も綾那も不思議がった。

「彼女が…本条院家の跡取り……だからさ」

「そんなっ」

反論するのも無理はない。

跡取りならば何をおいても警察が動くべきなのではないかと思っていた。

(そういや前に、そんな話をしとったなぁ~。

あれは劔地がおらへん時やった)

「随分前に、準備室で茶~ぁ飲みながら、本条院あいつがこんな話しとった」

臣人はなるべく美咲が言ったとおりの言葉でそれを再現して聞かせた。

『個と公______。わたくしはグループの跡取りとして育てられました。とても大きな企業体です。日本経済を陰から支えているグループの跡取りです。ですから、個ではなく公として何事も行う責任と義務があります。』

『それが自分の命が関わるようなことでも個が公を無意味に動かしてはならないと教えられてきました。そうすることが非常に大きな混乱を招くからです。』

『でも、聖メサ・ヴェルデ学院高等学校ここにいられる間は……綾といる間はそれを……』

「みっさがそんなことを?」

綾那は泣き出しそうになっていた。

そんなこと自分綾那には一言も漏らしたことがなかったからだ。

知らなかった。

それなのに今朝の会話は、STC shopに入る前の会話はなんて無神経だったのだろうと思った。

自分と立場が違う。

当然のように生き方も違う。

それでも自分と接点を求めていた美咲の気持ちを思いやった。

友達として関わりを持ちたがっていた彼女の想いを理解しようとした。

「…………」

バーンは何も言わなかった。

榊もそれ以上は言えなかった。

随分長い間4人は黙り込んだ。

『マスター!』

臣人の携帯からアニスの声が飛び出してきた。

綾那も榊もビクッと身体を震わせた。

「大声だすんやない!聞こえとるわいっ」

『座標確定。見つけました!そこから500M先の廃工場です!』

臣人はカーナビで場所を確認した。

確かに工場の敷地があった。

「よ~し!ようやった、アニス!」

勢いよく臣人がハンドルを切り、車を発進させた。

『臣人さん・に・は・褒められたくありません』

小憎らしい声が受話器の向こうから聞こえた。

バーンはそんなことにはお構いなしに指示を出した。

「…アニスは……先に現場の状況確認を。ただし、先走るな…よ」

「はい、マスター!」

それきり彼女の声は途絶えた。

臣人は運転しながら独り言のようにつぶやいた。

「わいらが今やっとること、」

それに続けるように同じ口調でバーンもつぶやいた。

「それが、たぶん…正解だ」


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