第18話 乱闘(1)

助手席に座り瞑想したまま車に乗っていたバーンが急に眼を開けた。

何かを感じた。

アニスがバーンに何かイメージを送ってきた感じだ。

「……臣人」

その声に臣人はブレーキを踏んだ。

真っ直ぐに進んでいた車が左に寄った。

アスファルトにタイヤが擦れ、甲高い音が響き車が急停止した。

車内いる綾那たちはシートベルトは締めているものの、反動で前へ飛び出しそうになるのを両足を踏ん張り、両手でシートを掴み、なんとか持ち堪えた。

ハザードを出して止まるとバーンが外に出た。

何かを追っていた。

何かの「気配」を。

「バーン先生!それ、みっさの!」

窓から乗り出すように見ていた綾那が指さして叫んだ。

中央分離帯の茂みに美咲の白いスマートフォンがあった。

だいぶ破損していて原形をとどめていない部分もある。

恐らくは車外に投げ捨てられ、車道に叩きつけられた衝撃でついたものであろう。

それを拾い上げた。

画面はヒビが入り、ガラスの破片のようなものがバーンの手の中に残った。

(これは……?)

バーンは心配していた。

美咲の誘拐の原因が、自分たちの裏の仕事に関係あるのではないかと。

今まで請け負った仕事でも逆恨みされるような場合もあった。

大きな組織とやり合ったこともある。

美咲がそのせいで巻き込まれたのではないかと心配していた。

この誘拐が自分たちのせいで起こったのではないかと。

そうではないことを祈るしかなかったし、客観的に状況を判断したかった。

そんなことを思い美咲に繋がる痕跡がないか、霊視してみる。

しかし、霊的なものは全く引っかかってこなかった。

と、するとただの誘拐事件なのか。

「…。アニス。報告…」

手に持っていた臣人の携帯に声を掛けた。

発信はされていない。

ツーっと回線が繋がっている音もしない。

時々雑音のように入るノイズに混じってアニスの声が聞こえてきた。

『はい。今ご主人様が持っている携帯に触れた人物の特定は終わっています。ですが、』

「…………」

『もう少し時間をください。座標の割り出しにはまだかかります』

人間の精神は無意識界では完全に同一であるという考え方がある。

大きな一つの意識を全人類が共有しているという考え方だ。

アニスはそのレベルにまで潜って、ある特定の「気」を持つ人間を捜しているのだ。

無意識という大海原を自由に泳ぎ、個人という小さなドアを開けようとしているのだ。

「行けそう……か?」

『私を誰だと思っているんですか?』

バーンの一言に間髪をおかず不満そうに文句を言っている。

表情が見えれば、スピーカーの向こうでプクッと膨れていそうだ。

彼女はサキュバス。「守護者の門」を通ってこちらの世界にやってきた者だ。

分類上は下級とはいえ悪魔だ。

本来は通り抜けてこの世界に来ることはできない「門」を潜ってやってきた者である。

見えない世界を行き来する能力には秀でていることは間違いなかった。

「…………」

『必ずご主人様が望む場所へお連れします。信じて』

アニスは自信満々だ。

彼女がここまで言うのだ。

あとは信じるしかないのだろう。

「…………」

感覚のチャンネルを元に戻しながら、立ち上がった。

「あとどのくらいだ?」

『10分もあれば』

バーンは車内の時計を見た。

美咲が連れ去られて1時間半以上は経過している。

「おおよそでいい。……方角を教えてくれ」

そう言って、再び車に乗り込んだ。

後ろにいる綾那にその携帯を手渡した。

綾那は大事そうにそれを胸に抱いた。

(みっさ、無事でいて……)

心配するあまり顔から血の気がなくなっていた。

『はい。北西方向へ30分ほど走ってください』

バーンは臣人に合図を送った。

ギアをDに入れると、再び走り始めた。

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