第16話 捜索(5)

いつまでたっても命乞いをしない彼女にしびれを切らしたのか、彼女の前から携帯を手元に戻すと再び男が脅し文句を言い出した。

「聞き入れてもらえないのなら、お嬢さんにはここで恥ずかしい目にあってもらうことになるが、いかがかな?」

イヤらしい目で美咲の全身を舐め回すように男は見ていた。

受話器の向こうにいる父はそんな事を言われても何の反応もしなかった。

『…………』

ほんの少しため息をこぼすと淡々とした声でこう告げた。

『君たちの言っていることはさっぱり訳がわからんよ』

ギョロッと男は目を見開いた。

「頼む!娘の命ばかりは助けてくれ!」か「言うとおりにする!」という言葉を期待していた。

まさかが返ってくるとは思いもしなかったのだろう。

「何!?」

『どこで勘違いをしたのかわからないが、私に娘などおらん。誰かの人違いじゃないのかね?』

「何を言っているんだ!貴様の娘だろう!」

さすがに面を喰らったのか、声が荒ぶった。

入念な下調べはしてある。

目の前にいるこの少女は間違いなく本条院会長の愛娘のはずなのだ。

それをさも他人事のように言い放つこのの神経が信じられなかった。

『では、失礼するよ。これから会議があるのでな』

そう言うと通話は一方的に打ち切られてしまった。

携帯を耳にあてたまま愕然としていた。

その男の顔を横から眺めていた美咲は少し悲しそうに微笑みながら言った。

「おわかりになりまして?」

「!?」

「わたくしが先程言っていたのことですわ。」

美咲は落ち着いてあたりで間抜け面をさらしている男達をぐるりと見回した。

「意外な顔をしていらっしゃるのでお教えしますわね」

両手を組んだ状態で自分の胸のところに持ってくると静かに話し始めた。

「ひとつ、わたくしに人質としての価値はありませんわ」

視線はまっすぐに首謀格の男に注がれていた。

「答えはお聞きになったでしょう?わたくしが連れ去られようが、ここで殺されようが、そのことで父の判断が鈍ることはないわ」

17,8歳の娘が言うセリフではなかった。

この娘も自分の事でないように淡々と話していた。

「お前、」

聞いているうちが正気かどうか疑わしくなるほどだ。

普通ならこんな見も知らない場所で、数人の大人に取り囲まれてここまで落ち着いていられるはずがなかった。

「実の父親に見捨てられたんだぞ!」

「それがどうかしまして?」

間髪置かずに言い返した。

「先程も申し上げましたでしょう?」

珍しく感情的に話していた。

「人の上に立つとはそういうこと…」

そう言いきった。

その雰囲気は何者にも侵されない威厳のようなものさえ感じられた。

「どんなことがあろうと、それが例え肉親の生死であっても、一時の感情よりも自分に課せられた責務を全うするだけの覚悟がなければやっていられませんわ」

(幼い頃からわたくしはそういうふうに育てられてきた)

「ふたつ、わたくしにとってはは日常茶飯事。もちろん警察になんて通報していませんし、父が助けをよこすこともありません」

(だからといって、わたくしがあなた方の身の安全を保証するわけではありませんけど)

「さあ、どうなさるおつもり?脅しは通用しませんわよ」

静かにタンカを切った美咲に男達は数歩後退った。

「それでも、これ以上のことをお続けになりますか?」

主導権は自分たちにあるはずなのに、美咲の言葉一つにすべてを見透かされたような脱力感が心を支配した。

男達は突然ハッと我に返った。

なぜこんな小娘に気押されているのか。

本来の目的が何だったのか思い出したのだ。

「もちろんだ。顔を見られている以上、生かして帰すことはできん」

「では、」

すっと美咲が上げていた両腕を下げた。

「こちら側もそれ相応の反撃をさせていただきますわ」

「両手の自由を奪われて、反撃なぞ笑わせる!」

「この程度で自由を奪ったなどと……」

美咲の手を縛りつけていたガムテープやビニールバンドがするりと彼女の足元に落ちた。

「何!?」

「この手の戒めには慣れていますの」

何かが指にキラリと光っていた。

左手首にしていた腕時計から外された文字盤の銀色のふちが右手の中指に指輪のようにかけられていた。

そこから細い糸のように引き抜かれたワイヤーソードが下に伸びていた。

それを使っていつの間にかバンドもガムテープも切り、外されていた。

それを目の当たりにした男達は憤慨した。

「途中まではよろしい攻めでしたが、さて?」

どうします?という顔で男達を挑発した。

5人の男達は胸ポケットや後ろポケットから拳銃を取りだして握った。

コルト・ガバメントだ。

照準は美咲に合わせられている。

それを見ても一切動じた様子は見せなかった。

ただ精確に状況を分析していた。

セイフティも外され、撃鉄も上がっているところを見ると、素人ではない。

銃を扱いなれている者たちだと思った。

ピンッと張りつめた緊張感が辺りを支配した。

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