第15話 捜索(4)

この男は美咲の反応を楽しんでいた。

「で、わたくしに何をさせたいのですか?」

美咲を取り囲んでいた男の一人が携帯電話を運んできた。

もう発信がなされ、どこかと繋がっているようだった。

美咲にずっと話しかけている男は液晶の画面を彼女に見せた。

そこには見覚えのある番号があった。

父の仕事場に直通でかけられる番号であった。

「父に何を持ちかけるおつもりですか?」

その番号を見ても動揺してないように、淡々と言葉を発した。

「なに、単なる取引さ。よくある簡単な取引」

「目的はお金ですの?」

「そんなものが欲しいんじゃないさ。我々が欲しいのは、そう『保険』さ」

「保険?」

なぜ彼らがそういうことをするのかわかっていたが、わからないふりをした。

そこから何か他の情報を得られれば、『混沌の杖』と名乗ったこの連中が何者であるかがわかるかもしれないと思った。

金銭が目的でないならば、他の目的があるということ。

保険という名で娘を誘拐し、父に連絡をし、やらせることといえば…。

それは決まっていた。

美咲には「何か」わかっていた。

自分たちの意図する無理な要求を父にのませること。

自分たちのいいように父を利用することに他ならなかった。

男はしばらく沈黙して彼女の顔色をうかがっていた。

「お嬢さんは聡明だ。これ以上の会話から我々の情報を吸い上げられるのは困ったことになる。ノーコメントにさせてもらうよ」

美咲も『しまった』と内心思ったが、おくびにも出さないように努めた。

「わかりました。わたくしもこれ以上の詮索をやめますわ。でも、ひとつよりしくて?」

にっこりと美咲は微笑んだ。

普段は見せることのない自信に満ちた笑顔だった

「何だね?」

「あなた方はを犯しました。お気づきですか?」

「ほう、何かね」

興味をそそられたのか、声のトーンが上がった。

だが『こんな娘が何ができる!?』といった顔だ。

美咲は男の方をじっと見つめた。

美咲から笑みが消え、いつもの無表情に戻った。

「それよりも今は、まず、電話で話さなくてはなりませんでしょう」

「ふむ。」

気を取り直して、男は受話器を耳にあて、発信のスイッチを押した。

そしてスピーカーのボタンも押した。

話す内容がスピーカーを通して外部に聞こえるようにするためだ。

側にいる美咲にも会話の内容を包み隠さず知らせるためだった。

美咲はそのコール音を聴きがなら目を閉じた。

「目は口ほどに物を言う」

あれは本当のことだ。

心理を読むことに長けた人間ならばあからさま分かってしまう。

目の表情から自分の感情を推測されるのを避けたかった。

何回かのコール音の後、回線が繋がった。

『はい』

年配の男性の声が聞こえた。

低く太く響く、サックスでいえばまるでバリトンだ。

聞き覚えのある声。

何の雑音も聞こえない静かな場所。

美咲にはその場所が父の執務室であることはわかっていた。

その場所には父ひとりしかいないことも。

秘書も執事も補佐官も隣の部屋に控えている。

「・・・・」

「本条院会長かね?」

『そうだ』

(お父様……)

『君たちは誰だ?まず、名乗るのが礼儀だろう?』

「これは失礼を。『混沌の杖』の一派といえばおわかりか?」

『ふむ。』

「早速で申し訳ないが、本題に入らせてもらう。今、我々はお嬢さんを預かっている」

『それで?』

「我々の要求を聞き入れていただきたい」

『・・・・』

「ほら、お嬢さん。親父に助けを求めな」

「…………」

「今だけだ」

男は携帯をぞんざいに美咲に向けて差し出した。

ちらりと上目遣いでその男の方を一瞥した。

美咲は両手をひとつにガムテープで戒めをされているので携帯を持つ事が困難なので、大きな声で話し始めた。

『・・・・』

耳をすませてみると受話器の向こうには確かに父の気配がした。

「美咲です」

『・・・・』

「申し訳ありません。不覚をとりました」

『・・・・』

嫌な沈黙がふたりの間に流れた。

美咲は表情を変えずにいつもの事のようにその沈黙を受けとめた。

『美咲、』

ようやく父は声をかけた。

「はい…」

『・・・・』

しかし、それ以上の言葉を発しないと彼女にはわかっていた。

「はい」

まるで無言の言葉ですべてを語っているように、美咲は「何か」に確かに同意した。

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