第8話 旋律(3)
(そうやって自分を納得させるしかなかった。)
まるで自分に言い聞かせているような言葉だった。
「…………」
「他のモノもきっと同じですね。舞踊やスポーツ、絵画とか」
「…………」
「どんなことがあっても音楽(この道)からはもう離れられないですから」
「音楽が、好きなんだな」
「好きというか、私の一部みたいなものかしら。オッド先生にだって好きなモノがおありでしょう?」
「好きなモノか……」
(俺には好きで打ち込めるモノなんて……なかったよ。
好きにすらならないように
嫌いにもならないように
ただ、家に閉じこもっていた。
夢という言葉ほど、俺に縁遠い言葉もないと思っていたよ。
俺にとっては…夢は悪夢をさす言葉。
夢はなくした過去のためにある言葉。
夢は…君とともに消えてしまった未来。
そうだろう?…ラティ……)
自分の心が深く暗い深淵の底に沈んでいくようだった。
そんな状態にならないようにと自分自身でブレーキをかけた。
他の話題を振ろうと思った。
「そう言えば…合唱…」
「え?」
「今年も全国大会か」
「いいえ。頑張ったのは私じゃなくて生徒達ですよ」
「すごいな……」
「劔地さんや本条院さんも最終学年で、もうあとがありませんし、パートリーダーとしても頑張ってくれています。厳しい指導っていう形でしか返してあげられないですから。」
「…………」
「きっとあの娘達のことだから、鬼とか悪魔とか言ってるんじゃないですか。」
「そうは言ってない…それに近いことは…言ってる」
うふふっと楽しそうに笑った。
「文句を言いながらも、よく逃げ出さなかったものね」
「…………」
そんな彼女の笑顔を見ながら、バーンは心なしか嬉しくなった。
ラシスといた時くらいだ。
彼女の笑顔はどんな時でも力をくれた。
どんなに苦しい時でも彼女が笑っていてくれれば、それで満足だったことを思い出した。
何を思ったかバーンは榊に近づいた。
「榊先生、右手を俺の右手に重ねてくれないか?」
「え?」
急な申し出に榊は自分の顔が紅潮するのを感じた。
「ちょっと……」
「オッド先生?」
おそるおそる右手を差し出し、先に差し出されていた彼の手の上に重ねた。
温かかった。
バーンは左手で榊の手の甲に何かの印形を書き始めた。
それは複雑図形のように見えた。
目で追っていってもそれが何を意味するのか分からなかった。
何を意味するのかも尋ねる気もなかった。
ただ、不思議そうに眺めていただけだった。
「このあいだの件を…目の当たりに見ているし、俺ももう……隠すつもりはないんだけど」
(俺のそばにいると巻き込んでしまうかもしれない。
そのことが……)
このあいだの件とは、綾那に取り憑いた稲荷のことだ。
そう言われて、浄霊の現場に自分も立ち会ったことを思い出した。
以前のように嫌悪感は湧かなかった。
バーンの穏やかな口調がそう思わせたのかもしれない。
「教師の仕事よりは…こっちが……本業だから。」
「本業?」
思わず聞き返してしまったものの、答えを期待したわけではなかった。
なんとなく彼とここまで会話がつながっていることが嬉しくなったのだ。
前のつっけんどんな態度とは違っていた。
「…………」
いつもより口数こそ多いものの、詳しいことは話したがらなかった。
(俺のそばにいることによって…引き起こされている可能性のあることなら
それを少しでも…排除したい。
ただ護りたいんだ…みんなを)
ピタッと左手が止まった。
ゆっくりと下ろされた。
「霊の召喚よりは、
「!?」
榊は信じられないといった表情だった。
「信じてくれなくてもいい。でも腕の痛みがやわらぐのなら、試してみてもいいだろう…?」
「まるで魔法使いみたいですね?」
「…………」
肯定も否定もせずにバーンは榊を見つめた。
「しばらく動かないで……」
下がっていた左手がコブシとなり、胸元にあてがわれた。
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