第5話 迷子(5)

その頃より少し前、綾那はちょうど席を離れていた。

話が一段落ついたので、化粧を直しに席を立っていた。

窓際のボックス席の方には、彼一人きりになっていた。

残ったパフェをじっくり堪能していた。

(!?) 

鳳龍はビクッとして辺りを見回した。

(殺気!? こんなところで!?)

こんな刺すような殺気をみなぎらせながらいるとは、ただごとではない。

普通なら殺気など隠して、密かに事を進めるはず。

「どこだ?」

窓の外に目をやると、ちょうど美咲が両腕を押さえ込まれて車に乗せられるところだった。

「しまったっ!」

見るなり鳳龍は身体ひとつのまま全力で走り出した。

(ドジった。

パフェばかりに気持ちがいっていたから、周囲の警戒を怠ってた。

くそっ!)

店の外に出る頃には、美咲が乗せらようとしていた。

鳳龍は慎重に気配を消して車の後ろに滑り込むと前の様子をうかがった。

三つ編みにした髪の中を指で探り、針金のようなものを取り出した。

一度口にくわえ、先を歯で曲げると、トランクの鍵穴に突っ込んだ。

慣れた手つきで針金を動かすとトランクはまるで鍵を差し込まれたように静かに開いた。

手で押さえながら、もう一度前を見た。

美咲が車に乗り、その両側に男達が乗り、ドアが閉められるところだった。

走り出す寸前にトランクを半開にして小さい体をその中へ放り込んだ。

そして、内側から外が見える程度にトランクを閉めた。

間一髪間に合った。

タイヤがギュルギュルと空回りする大きな音が響いたかと思うと美咲と鳳龍を乗せた車は弾かれたように走り出した。



「あれ?」

程なく席に戻った綾那は、ボックス席に誰もいないことを怪訝に思った。

美咲も戻っていないばかりか、鳳龍の姿まで消えていた。

彼の背負っていたナップザックもそのままで残されていた。

「おっかしいな~。どうしたんだろ?」

ふと、外に視線を向けた。

額から血を流して座り込んでいる大西の姿が飛び込んできた。

「大西さん!?」

驚いて、外へ出て彼のそばに駆け寄った。

そのそばにはSPとおぼしき男が二人、地面に横たわって気を失っていた。

「大西さん!」

「劔地様、お嬢様が・・・」

「美咲がどうしたの!?」

綾那はただごとではないと直感した。

「お嬢様が何者かに連れ去られました。」

「連れ去られたぁ!?」

自分の声の大きさに驚いて、思わず口を手で塞いでしまった。

小さな声で話すよう心がけた。

「それって、誘拐!?」

「お願いします。警察に」

警察という言葉を言ってしまってから、大西は自分が思った以上に動揺していることを自覚した。

「ああ、いや、警察はダメだ。まず旦那様に」

考えが混乱していた。

自分の目前で堂々と誘拐など、今までなかったことだった。

気が動転していた。

「大西さん、本当に誘拐だったら警察はまずいんじゃ。」

「それに大西さんも頭から出血してるわ。とりあえず道路に伸びてる人達の手当もしなくちゃ。」

綾那は携帯を取りだして、ある番号を押した。

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