第4話 迷子(4)

突然、携帯の着信音が響いた。

美咲が慌てて携帯を開けて、発信元を確認した。

顔色が変わった。

「あ・・・と、失礼」

そのまま席を立つとバッグと携帯を持ったまま足早に店の外へと向かった。

どうも綾那達には聞かれたくない会話のようだった。

それを彼女もわかっているのか、あえて『どこから?』とは尋ねずに見送った。

外では執事の大西とその両側を囲むように黒尽くめの男が2名、さりげなく美咲に歩み寄った。

恐らくはSP護衛の者だろう。

いついかなる時でも影のように付いて回っていることがうかがえた。

「お嬢様」

美咲は耳元に携帯をあてたまま、手で合図を送った。

これ以上近寄らないようにと。

大西は深々と一礼して後ろに下がった。

美咲は向きを変えた。

「はい、美咲です。……ええ、」

それは綾那の前にいる美咲の表情ではなかった。

自分の立場をわかっている自立した女性の顔だった。

「わかっています。お父様。その件については…」

どうやら父親からの電話のようだった。

険しい表情になり、あまりいい話ではなさそうだ。

携帯での話に夢中になっていて気がつかないうちに彼女は囲まれていた。

チンピラ風の男達が4人、音もなく近づいてきた。

異変に気がついたSPが男達を制止しようと前へ出た。

途端。

いきなり殴りかかってきた。

数発、立て続けに鈍い音が響き渡った。

1人のSPを2人掛かりで黙らせていた。

「お嬢様っ」

思わず大西が叫んだ。

その声に異変を悟った美咲が振り向いた。

彼女の目に飛び込んできたのは、見慣れない男達だった。

「あ、」

携帯を耳元にあてていた右手が下がった。

路上にはすでにのされてしまったSPが力無く横たわっていた。

「こやつらは!」

叫ぼうとした大西の襟を横から男が掴みかかり、大きく揺すった。

よろよろとバランスを崩し、道路にしりもちをつきながら、頭をぶつけた。

彼女の周りを3人の男が後ろから取り囲んだ。

美咲は携帯の電源を切ると、パチンと音をたてて閉じた。

そして、ぐるりと周りをひと睨みした。

その男達の一人が歩み出たかと思うと携帯を持つ美咲の手首を突然つかんだ。

「何をする、無礼な!」

毅然と言い放った。

無理に振り払おうとせず、自分から腕を上に上げた。

その態度に男はイヤらしく笑いながら言った。

こんな小娘に何ができると顔に書いてあった。

「一緒に来ていただきますよ。本条院さん。」

「!」

本名を呼ばれて、美咲は悟った。

コイツらはここで待ちぶせをしていたと。

狙いは自分自身であると。

(まずい。このままでは、まずいわ。

もし、この状態を綾が見たら、私を助けようと飛び出してくる。

それだけは避けなくては。綾だけは危険な目に遭わせないように。)

一瞬でそこまで状況判断をして、彼らに黙って連れて行かれることが最良の選択であると結論を出した。

その男は手首から手を離すとそのまま彼女が手にしていた携帯を取り上げた。

美咲は抵抗もせず、それを手放した。

目の前に立つこの男以外の者たちが無抵抗になったSP達に再び危害を加えようとしていた。

「待ちなさい!」

はっとして、美咲は強い口調でそれを制止した。

あまりの口調に男達はビクッとして、彼女の方を見ていた。

「それ以上は許しません。わたくしに用があるのならば、わたくし自身だけを連れて行きなさい。他の者を傷つけることはおやめなさい」

一刻でも早くこの場を去らなければならない。

しかし、店の方を見ることはできなかった。

綾那が席にいるかどうかを確認することすら今の彼女には許されなかった。

それで連れがいることを悟られたら事だ。

さも自分だけがここで急な電話を受けて、襲われたという顔をするしかないのだ。

この男達に綾那の存在を知られてはならない。

絶対にそれだけは。

「では、その言葉通りそうしよう。ご足労願おうか」

どこからともなく車が横付けされた。

男が道をあけ、右手を前に差し出し、彼女を促した。

美咲はくるりと身を翻した。

「大西!」

背中越しに美咲の声が大西の耳に届いた。

「はっ。」

力無くへたり込んだまま、それを聞いていた。

「護衛の者の手当を…頼みます」

それだけ言い残すと美咲はドアの開け放たれた車に乗り込んだ。

それに続くように彼女の両側に男達が乗り込んだ。

何もできずに大西は見送るしかなかった。

美咲と男達を乗せた車が黒い排気ガスを残して、どこかへ走り去った。

大西はナンバープレートを見た。

わナンバーの車だった。

(レンタカーか。一体どこの手の者?)

番号を頭に叩き込みながら、不安そうな面持ちで立ち上がった。

「お嬢様…」

その場には彼女の涼しげな藤製のバッグが無造作に残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る