第3話 迷子(3)

「バーン先生ってどんな人?」

「・・・・」

ちょっと鳳龍は考え込んだ。

自分がバーンについて何か語ってもいいのだろうか?

自分がバーンについて知っていることを話してもいいのかどうか?

「何をお知りになりたいんですか?」

「何って言われても私たちの同好会の顧問をここ1年くらいやってもらっているんでだけど、」

ここまで言いだしておいて引き下がれなかった。

初対面の彼にこんな事を聞くのは失礼千万なこともわかっていた。

それでも知りたい欲求の方が強かった。

「ふとね、思ったの」

静かに目を伏せた。

今年、去年の間に立て続けに起こった事件ことを思い出していた。

自分の周りで起こっていた信じがたいこと。

いつも一緒にいるバーンと臣人。

「臣人先生もそうだけど、どんな人なんだろうって。私たち、何も知らないから。顧問なのにね」

綾那は目を開けると、面白半分じゃないからという視線で鳳龍を見た。

彼は少し考え込みながら口にくわえていたスプーンを皿の上に置き、ナプキンで口元を拭った。

「もし、差し支えない範囲でいいんだけど、知っていること教えてくれないかな?」

「・・・・」

「私たち、先生達の本業のことも不思議な『力』を持っていることも知っている。その『力』に何度となく助けてもらっているし…」

「・・・・」

彼女の話は本当のことだろうと思った。

自分が臣人から聞いていた話と一致している。

悪気がないことも百も承知。

ただ、一般人の彼女らにどこまでを話していいものか、自分独りでは判断がつかないことも事実だった。

バーンと臣人のしている仕事も裏の仕事なので、あまり表だったことも言えない。

迷いに迷ったが、事実は事実としてほんの少しだけ伝えようという気になった。

彼女らの熱意に負けたのかもしれない。

鳳龍は姿勢を正すと座り直した。

「臣人さんやバーンさんにはぼくが話したって言わないと約束してくれます?」

「ええ」

綾那も座り直した。

鳳龍は一息ついて話し始めた。

「臣人さんとは物心ついたときからなので結構な付き合いになります。ぼくの兄貴みたいな存在です」

「へえ、あの臣人先生がね」

「バーンさんは、」

ここで一旦言葉を切った。

自分の記憶を辿っていく。

記憶の中にいるバーンの姿を思い返してみた。

「ここ4年くらい、時々円照寺で会うくらいです」

「円照寺?」

始めて耳にする名前だったので思わず聞き返してしまった。

隣にいる美咲は平然としていた。

以前、執事の大西に調べさせていた調査内容が頭に入っているからである。

むしろ、記憶に残るその内容が事実と一致するものかどうかと検証していた。

「臣人さんの実家です」

「そっか、お坊さんだもんね。住職さんしているのかな?」

「臣人さんですか?まだですよ。そんな年令じゃありませんから。臣人さんのお祖父さんが住職をなさっています」

「ふ~ん」

「ぼくも円照寺で修行している身なんですけど。時々、バーンさんも臣人さんと一緒にやって来るんです」

「お坊さんの修行しに?」

「違いますよ」

真顔で聞く綾那に吹き出しながら、笑って答えた。

「ぼくはこう見えても拳士なので、武術の修行をしに行くんです。臣人さんのお祖父さんがぼくの師匠なんです」

「へーぇ、なんだか意外」

緑色のチャイナ服に身を包み、長い黒髪を後ろでひとつにしているその姿を上から下までじっくりと見た。

「そうですか?」

綾那からすればこんな身体の小さな子が武術の修行とはピンとこなかった。

しかし、臣人が拳法を使う姿や鍛え上げられた腕を見たことがあったので妙に納得した面もあった。

カランッとグラスの中で氷が動いた音がした。

周りにたくさんの汗をかいているグラスを取り上げて、アイスコーヒーを飲んだ。

「じゃあさ、鳳龍君からみてバーン先生ってどんな人?」

「どんな人って……」

言葉に詰まってしまった。

いざ聞かれてみると自分もバーンのことをよく知らないことに気がついた。

全くといっていいほど自分のことについては話さない。

過去のことは自分自身ですら尋ねてほしくないことであるので、努めて尋ねないようにしている所為もあるのだが。

それでも自分が知っているバーン・G・オッドという人物について説明する言葉を探した。

「最初はすごく怖かった」

「怖い?」

「ええ。バーンさんってどこか人を寄せつけない雰囲気ってあるじゃないですか」

「うん。あるある。」

「雰囲気で近寄れないっていうか、話しかけもできないっていうか」

彼は独特の雰囲気を持っていた。

側に近寄ることすら避けたくなるほどの心理的なプレッシャーを感じることもある。

無口なところもそれに拍車をかけていた。

「でも、何度となく会っていくうちに、そうじゃないって思いました」

初対面の人には無愛想でも、知り合うとまた違った面を見せてくれる。

「特に、臣人さんと一緒にいるバーンさんはそうじゃない」

臣人はよくバーンをからかっていた。

それでケンカになることはまずないが、バーンの言いたいことをよく代弁していた。

バーン自身もそうやって自分を表現するすべを知っていったに違いなかった。

臣人はバーンのことがわかるし、もちろんバーンも臣人のことを認めているのだろう。

「今じゃ怖くないですよ。むしろぼくに気を遣ってくれて、やさしい先輩です」

綾那は指を折って数字を数えた。

「バーン先生と知り合ったのは4年前って言ったよね?それ以前は?」

「さあ?」

正直な話わからないというふうに首を傾げた。

「4年前に臣人さんがひょっこりヨーロッパのどこからか戻ってきたときに、一緒についていらっしゃったので、それ以前のことはぼくにも…ちょっと」

突然、携帯の着信音が響いた。

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