第35話 瀧上一光の友達ロスト②




〜瀧上一光〜



「や、やばいなあの人……」


今は5月3日の木曜日。

僕には最近悩みがある。それは、変な人に目を付けられてしまっている事だ。

僕に目を付けてきた『彼女』は、現在進行形で僕を見つめているんだけど……1つ、聞きたい。


「なぜ、彼女がここに来てるんですか?陽美先生!?」


と、僕が通っている『姫川塾』の塾長である姫川陽美先生に、怒りを込めた問いをする。


「なぜ、と言われてもねぇ。彼女が入りたいって言って来てくれたんだから、拒むわけないわよ」


「彼女が自分から……ですか?」


彼女は『アンタの通ってる塾を紹介して』と言っていた。

だけど、嫌な予感がしたので丁重にお断りした。

そのはずなのに、なぜ彼女は僕が通っている塾を知れたんだ?

あの日、僕は彼女を撒いたのを確認してから塾に入ったはずなのに……。


「まあまあ。貴方も知り合いが増えて嬉しいでしょう?さあ、もうすぐ授業が始まるわよ。それぞれの席へと着きましょう」


ぐっ!

な、何も知らずに……。

まあ、いいさ。

『知り合い』程度なら、同じ塾でも許すよ。

いや、許される、が正しいかな……。


ーーーーー


「よし、今日は数学と理科だな。今月は中間テストがあるんだろ?びっちり鍛えるから覚悟しろよ一光」


「お手柔らかにお願いしますよ、幸生先生」


そんな事を言ってきたのは、僕の担当教師である姫川幸生先生。

苗字で分かったかも知れないけど、ここの塾長である陽美さんの夫だ。

僕が通っている『姫川塾』は姫川夫婦が経営している。

授業は生徒それぞれに担当の先生が1人だけ付いて行うマンツーマン。

『1人だけ』というのがミソで、本当に『1人だけ』なんだ。

つまり、僕の先生は姫川幸生先生のみ。

幸生先生の生徒も僕のみ。

この完全マンツーマン方式をとることにより授業を円滑に進めることができ、尚且つ先生と信頼を築くことができる。

かくいう僕も、小学生の頃からこの塾で幸生先生に教わっている為、幸生先生は僕が唯一信頼できる『大人』まで昇華している。


「そういや一光。授業を始める前に1つだけ聞きたいんだが。お前の知り合い、というかクラスメイトがこの塾に入ったらしいな。大丈夫なのか?」


そして、幸生先生は僕の抱える問題を知っている。

僕から、相談させてもらったんだ。

僕が抱える問題を自分から人に話したのは、幸生先生にだけ。

そのくらい、僕はこの人のことを信頼している。


「ああ、大丈夫だと思いますよ。関係性を『知り合い』に留めれば良いんです。それなら、干渉しては来ないでしょう」


僕の抱える問題は少々、というか、かなり厄介なので今は考えたくない。

でもまあ、一つだけ言うとすれば、僕の『両親』が深く関わっている、とだけ言っておこう。


「そうか……。毎度思うが、力になれなくてすまんな」


相談を受けてる身でありながら、僕の問題を解決できないことを幸生先生が謝罪してくれる。

本当、優しい人だ。


「いえいえ。話を聞いてもらえてるだけで十分救われてますよ、僕は。それより、僕のせいであなたたち夫婦が不幸になるのは嫌です。僕の親は何するか本当分からないですから」


僕の親はとんでもないクズなんだ。

自分に刃向かう人に何をするか分かったもんじゃない。


「さあ、この話はここで終わりにして勉強しましょう。お金払ってるんですからちゃんと教えて下さいよ」


これ以上この話を続ける意味が無いと思った僕は、ここにいる本来の目的を果たそうとする。


「ああ。そうだな。お金の分、いやそれ以上の仕事をさせてもらうさ!」


「ええ、お願いしますよ」


ここがマンツーマンの塾で良かった。

マンツーマンなら、なぜか僕に近づいてきた『彼女』……新島愛希さんと話す機会が無くなるからね。


ーーーーー


「待ってたよ、瀧上」


21時過ぎ。

授業が終了したので塾を出ると、そこには新島愛希さんが待っていた。

……僕が間違っていたよ。

話す機会が無いのは授業中だけで、授業が終っちゃえば話は別だったね……。


「悪いんだけど、お腹が空いているんだ。だからもう帰らせてもらうよ」


あまり会話をしたくない僕は、それらしい嘘をついてここを離れようとする。


「あっそ。じゃあ一緒にご飯行こうよ。あ、もちろん奢らないから」


それらしい嘘を選んだつもりだったけど、墓穴を掘ってしまった。


「いや、お金無いから外食はできないよ」


ちなみにお金が無いのは本当。


「あっそ。じゃあここで少し話をさせろ」


はあ……。

なんなんだよこの人は!なんでこんなにしつこいんだ!僕がこんなにも断っているのに!


「いや、早く家に帰らせてほしいな。1分で終わるなら良いけど」


怒りを露わにしてはダメだ。

立場が逆転してしまう。

だから僕は逃げやすくするため、妥協案を提示する。


「……ああもうなんなんだよアンタ!ウッザイなぁ!いい加減折れろよ!」


とうとう彼女が怒鳴ってきた。

まあ、さすがにここまで断っていたらウザいよね。


「いいや、僕は折れないよ。君と話すことは無いんだ」


僕は何をされても折れない。これは君のためでもあるんだ。


「……アンタさ……誰にでもそんな態度取ってんの?」


すると、彼女は諦めたのか、急に静かになりそんな事を聞いてくる。


「ああ。僕は誰にでもこんな態度だ」


ある種の、防衛でもある。僕のクズ親からみんなを守るためのね。


「あっそ。アンタ、やっぱ友達いないね。いいよ、今日は諦める。でも、アンタがその態度を辞めない限り、ずっと付き纏うから。じゃ」


そう吐き捨てて、新島さんは僕の前から去っていった。

……聞きたくない言葉を吐き捨てていったけどね。

僕の新しい悩みは、まだ解決しそうにないや。



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彼ら彼女らは主人公!! 永健 @token2

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