第32話 水科京夏と陰と陽②


〜水科京夏〜



「あれは……」


下駄箱で靴に履き替え昇降口を出ると、駐輪場に見知った顔を見つけた。

私は『彼』へと近づき、乗ろうとしていた自転車の荷台部分に不意打ちで座りかかる。


「うっわびっくりしたー!重い重い誰……って京夏ちゃん!?あーなるほど!通りで重い訳だ!大量の本がカバンに入ってるもんね!」


駐輪場に居たのは、高冬真友。

同じ壮で暮らす家族同然の男子の1人。

私が荷台に座ったせいで、自転車が動かなくてビックリしたようだ。


「こんばんは。生徒会の帰りかしら?ちなみに、私のカバンには小説1冊しか入ってないのだけど、それでも『重い』?」


「えっとぉ、まあ、これを見てくれ。俺の力こぶだ。全く見えないでしょ?つまり……そういう事だよ」


そう言って申し訳なさそうに、本当に全く無い力こぶを見せてくる高冬。


「あなたに力が無いのは知っているわよ。でも、まさか女性に向かって『重い』なんて言ってくるとは思わなかったわ」


そんな申し訳なさそうにしている彼に追い討ちをかける。


「いや本当にごめんね!突然自転車が固まったからさすがに驚いちゃって……。ていうか京夏ちゃんは図書委員?お疲れ様〜」


「話を変えたわね」


「うっ。話を続けられると、俺が負けます許してください」


「まあいいわよ。私が重いのは事実だし」


さらに追い討ち。


「京夏ちゃん酷いよ!いや酷いこと言ったのは俺だけども!」


「フフ、本当にもういいわよ。そろそろ飽きたわ。それより、自転車乗せてくれるかしら?楽に帰りたいの」


もう十分楽しませてもらったので、私は高冬に声を掛けた目的を達成しようと動く。


「え、それってどっち?俺の自転車をパクりたいのか、2人乗りを御所望なのか」


「可能であればパクりたいわね。2人乗りはリスクがあるし」


「いやそれは嫌だよ!俺定期買ってないから自腹になっちまう!だから2人乗りならいいよ。学校から少し離れてからだけど」


「まあ、仕方ないからそれで手を打つわ。行きましょうか」


「え、なんか俺が譲歩された雰囲気になってない?普通に俺が手を貸すんだからね!?それを忘れずに!」


1人叫んでいる彼を尻目に、私は校門へと足早に向かう。


「おーい京夏ちゃん待ってよー。そんなに早く帰りたい用事でもあるの?」


少し前を歩いていた私に自転車を押しながら走ってくる高冬。


「もちろんよ。『山風の密会』の小説特集を、七瀬と見る約束しているんだもの」


『山風の密会』とは、国民的アイドルグループの『山風』が、1つのジャンルについて、スペシャリストを招きながらトークを繰り広げるバラエティ番組。

『山風』が好きな七瀬と『小説』が好きな私にとっては、ぜひ視聴したい番組なの。


「へぇー、小説特集かぁ。俺も見てぇ!」


「勝手に見ればいいじゃない。誰もあなたのテレビ視聴を邪魔しないわよ」


「俺のリモコン操作カースト最下位だけど」


「それは当たり前」


「どうしてだい!?ケイカ!」


『別れよう』と言われたアメリカ人男性みたいな反応をする高冬。

顔も作っているため、笑いがこみ上げてくる。


「ど、どうしても何も、あなた、うるさいのよ。自分が好きな番組を見てるときがうるさすぎる。だからみんなが……特に恵美と新島さんがデモを起こしたんでしょう?」


笑いを堪えながら、リモコンカースト最下位の理由を改めて説明する。

そう。

高冬は、テレビを見てる時に他人に話を振りまくる癖がある。

そのせいで『静かにご飯も食べられない』と、住人から苦情が入った。

その日からリモコン操作のカーストが作成され、見事に最下位へと選ばれたのが、高冬真友というわけ。


「うーん。確かに、冷たい視線を複数感じたよ。賑やかでいたい俺は、どうやら出合壮では少数派らしいぜ。とほほ……」


わざとらしく落ち込む高冬。


「潮らしい顔をしているな高冬。もしかして爆死でもしたのか?」


そんな彼に近づき、声を掛けてきた男子生徒が1人。


「うん?お、朝永先輩じゃないですか!こんばんは!何してるんすか?」


どうやら、高冬の知り合いの先輩らしい。

あれ?この人は確か……。

思い出した。

校門に毎朝立っている人だ。


「何をしてるだって?そんなの、見回りに決まっているだろう。もう最終下校時刻なんだからな。次期風紀委員長として当然の行為だ」


「次期風紀委員長って言ってますけど、それ朝永先輩以外から聞いたことないんですけど、本当なんですか?」


次期風紀委員長?

私は周りに耳をよく傾けている方だけれど、聞いた事ない話ね。


「本当だとも。僕を支持してくれている人もいる。そこの君」


「はい?」


突然、先輩が私を指差してきた。


「僕は次期風紀委員長の朝永誠治という。次の風紀委員長を決めるときはぜひ、僕に投票してくれ。悪しきを滅する学園にすると誓おう。よろしく頼むよ」


そう言って、手を差し出してくる朝永先輩。

これは握手を求めているんだろう。

私はその手を……。


「いやバッチバチに根回ししてるじゃないすか!なんか自信ありげだったから幻滅しました!」


その手を取ろうとしたら、高冬が先輩に噛みつき始めた。


「何!?根回しとはなんだ!これはれっきとした『営業』だ!自分を売り込んでいるんだ!」


「いやだとしたら全然売り込めてないですよ!?何が『悪しきを滅する学園にすると誓う』ですか!具体性が感じられませんけど!」


「具体性など必要ないだろう!僕は過程より結果を重視しているんだ!必ず『悪』の無い学園にするんだから、それに至る経緯など説明不要!」


「『必ず』とは言い切りましたね!そんな先輩に俺も賭けてみたくなりました!」


「そうだろうそうだ……


「なんて言うわけないでしょう。そういう考えの人が、いざ上に立ったら取り返しのつかない大失敗をするんですよ」


「それを言うなら成功する可能性だってあるじゃないか。そうは思わないかい?君」


激しい2人の口論に、私も巻き込まれた。

私は……。


「そうですね。『悪』の無い学園、良いと思います」


「まさかの2体1!?」


朝永先輩に賛成だ。


「ハッハッハッハッ!分かっているね。君、名前は?」


「水科京夏です。この人と同じクラスの」


そう言って、高冬を指差す。


「水科京夏。うん、覚えておこう」


どうやら、気に入られたかもしれない。


「それじゃあ俺帰るんで。グッバイです、朝永先輩」


高冬が逃げるようにこの場を去ろうとする。


「ああ。じゃあな、逃げの高冬」


朝永先輩も、高冬の『逃げ』に気づき煽る。


「スタコラサッサー」


先輩の煽りを無視し、自転車に乗り、漕ぎだそう

する高冬。


「ちょっと待って」


それを見逃さず、荷台を掴み静止する私。


「私からも逃げようとしてるがバレバレ」


「さすがです京夏さん」


あわよくば、危険な2人乗りを避けたかったのだろうけど、その行動に移るのが遅かったから、止めるのが容易だった。


「それじゃあ行きましょう」


そして、私たちを不思議そうに見つめている朝永先輩を残し、私たちは校門を出る。


ーーーーー


「そういえば今日の晩ご飯担当は誰だっけ?」


学校から離れ、自転車に2人乗りをしながら壮へ帰っている道中、私と高冬は何気ない会話を繰り広げていた。


「今日は新島さんと山田だったかしら。というか貴方、料理には一切関わってないから担当を覚えていないんでしょ?」


高冬はバイトをたくさん入れていて、夜に不在の日が多いので、料理に関しては買い出し専門になっている。


「そ、そこを突かれたら俺は台所のゴキブリの立場になっちゃうな……」


「バイトとか忙しいのは分かるけど、単純に料理が出来ないんでしょ?土日に練習しなさいよ。なんなら私が教えてあげてもいいわ」


私は、料理に自信があるのだ。


「え。京夏ちゃんが?いいよいいよ!気持ちだけ受け取っておくさ!俺に料理は似合わないから……とも言ってられないのは分かってるんだけどねぇ」


なぜ、私の教えを断るのかしら?


「なら私が教えてあげるわよ」


料理を覚えなければと思っているなら私が教えてあげるのに。


「本当大丈夫!京夏ちゃんは大好きな本でも読むべきだよ!それか、俺の頑張りを見守ってくれ!」


なぜか彼は私の教えを断る。


「まあ、見守るだけでも楽しそうではあるわね」


「でしょでしょ?」


高冬の相槌、それで私たちの会話が途切れた。


「そういえば、図書委員って忙しいの?俺図書室行かないから詳しくないんだけど」


途切れたと思ったら、また新たな会話が始まる。

さすが『陽キャ』高冬。

沈黙が嫌いなのだろう。

私は、彼が静かにしている所を見た事がない。

常に笑顔で、常に賑やかな人。


……そんな彼を見ていると、亡き父を思い出す事がある。


似ているのだ、私の父と高冬は。

父も、常に笑顔で賑やかな人だった。

そして1番似ているのはやはり、食卓での騒音っぷり。

出合壮では歓迎されてないけど、正直、私は騒音ウェルカムなのよね。

だから高冬が食卓にいない事が多くなって、私は地味に寂しかったりする。

こんな事を思っているのは私だけでしょうから、みんなの前では絶対言いたくはないけど。

……でも、本人になら、言ってもいいかも……。


「そうね、特別隠すことでもないけど、貴方がバイトを少しだけ減らしてくれたら教えてあげるわ。食卓にいることを増やしなさい」


「え?それって……」


意外と察しの良い彼の事だ。

私が遠回しに、貴方ともっと話がしたいと言ったのに気づいただろう。

自分の頬が少し紅潮してるのが分かる。

いざ言葉にすると、遠回しでも恥ずかしいわね。

人を求めるというのは。


「そっか。まさかそんな事を言ってもらえるなんてな……。うん、うん。減ら、そうかな。俺もそれが良いと思う。ありがとうね、京夏ちゃん」


高冬が今どんな顔をしているのかは分からないけど、少なくとも私の顔は、羞恥の権化になってるだろう。


「感謝しないで」


恥ずかしいから。

私は高冬の背中を思いっきり叩く。


「痛い!そ、操縦がブレちゃうよ!」


「私を怪我させたら許さないから」


「それはもちろん気をつけるさ」


ーーーーー


何気ない会話を続けること10分。

出合壮へ到着。

久しぶりに、たくさん声を出した。

駐輪場で高冬と会ってから、ずっと喋っていたから。

明日、少しだけ喉がイガイガする未来が視える。


そして、晩ご飯。

相変わらずうるさい高冬と、彼を注意する山田や恵美や槍彦。

高冬と一緒にふざける久留美、笑顔で高冬を流す七瀬や理香さん。

この光景を見ていると、やっぱり両親との食卓を思い出す。

元々騒がしく無かったわけではないけど、彼らが来てからありえないほど騒がしくなった。

それが、私は嬉しい。


……山田春人と高冬真友が出合壮に入居して、約1ヶ月。

早くも、私の中で彼らの存在が大きくなっていることに気がついた、今日この頃である。


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