第31話 水科京夏と陰と陽①
〜水科京夏〜
「それでは、期限内であればいつでも返却可能なので、よろしくお願いします。期限を過ぎても返却されなかった場合、ブラックリストに乗りますので、ご注意を」
「りょ、了解しました……」
4月30日の放課後。
私、水科京夏は図書委員として、図書室の番人となっていた。
実は、今日は私の担当では無いのだけど、用事があるから代わってほしいと他クラスの委員に頼まれて、代わってあげた……いや、押し付けられた。
というのも、私が了承した後に、『ラッキー!やっぱ代わってもらえたわー。あの子、本読めればどこでも良さそうだしねー』という会話が聞こえてきたのだ。
そういう事言うならもっと小声で喋りなさいよ、と思ったけど、アホな陽キャには何を言っても聞き流されるので思うだけ無駄。
……というか、なんだか少し前から視線を感じるのだけれど……。
その正体は……。
「……何?さっきからこちらを見ているようだけど」
「え?あ、ご、ごめん!ちょ、ちょっとあの辺の本が気になっててね。あはは……」
「そう……」
図書室の番人は私1人ではない。
私の隣には同じ図書委員の、5組の亀下くん?が座っている。
亀下くんは背が小さく、気弱そうな男子生徒だ。
見た目、喋り方、歩き方を観察して、私は彼を『陰キャ』と断定した。
なぜ断定する必要があったか?
それは、私が『陰キャ』が苦手で、『陽キャ』を好ましく思っているから。
理由としては、『陰キャ』はつまらない。
場を盛り上げる事もしなければ、場を盛り下げる事もある。
心が優しい人は多いでしょうけど、人と関わらなければそれを発揮する事もできない。
対して、『陽キャ』は面白い。
場を盛り上げて笑いをくれる。
『陽キャ』にはバカやアホがたくさんいるけど、
それを眺めてる分には微笑ましい。
私は、賑やかな場所が好き。
これは、今は亡き父の影響である。
私の父、正都は、超がつくほど元気で、家族思いのとても明るい人だった。
父は事あるごとにボケてきて、勉強で疲れてる私や、仕事で疲労している母を笑かしていた。
何もかも忘れて『笑い』だけがある食卓、私はそこが何よりも好きだった。
『周りをよく見ろ京夏。この世界は、人々の笑顔で溢れているんだ。誰かの笑顔は、他の誰かを笑顔にする。知らない人でも、その人が笑っていられる人生を生きているなら、こっちだって嬉しくなるだろう?だから京夏、お前も笑顔を途切らせるなよ』
こんな事を言っていた父は、私が中学1年生の時に子供を助けようとして、車との接触事故で亡くなった。
そして、母も後を追うように同じく交通事故で亡くなった。
父の言葉は未だに私の心の中に刻み込まれているけれど、残念ながら私の笑顔は減ってしまった。
……まあそういう過去の出来事があり、私は人を観察して『陰』か『陽』かを断定してから関わり方を変えているのだ。
『陰キャ』の人には、基本私からは声を掛けない。
かくいう私も『陰』の気質を持っているので、自分から話掛けるのが苦手なの。
つまり現在、『陰キャ』が揃いお互い会話が振られるのを待っている状態になっている。
そんな私と亀下くんの間に会話が生まれる事は無く、あっという間に最終下校時刻が訪れる。
「あ、チャイムが、鳴ったね。も、もう生徒もいないし、僕が戸締りして鍵を返しておくから、水科さんは先に帰っていいよ」
最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り終わると同時に、亀下くんからそんな優しい言葉を貰う。
「そう?なら先に帰らせてもらうわね。ありがとう、今日はお疲れ様」
「うん!お疲れ様!」
彼の優しさを無下にする訳にもいかないので、私は帰り支度を整え図書室を出る。
窓から校庭を眺めてみると、次々片付けをしている運動部の人たちが見える。
テニスラケットでチャンバラをしている生徒や、サッカーボールで玉乗りピエロをしている生徒を見つけ、少しクスッと笑えた。
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