第21話 高冬真友はバイト戦士②
〜高冬真友〜
「おはよう高冬くん!」
そうやって元気に挨拶してくれたのは、俺たちの学校、私立楽青学園の生徒会長である3年生の満上舞弥先輩。
この人も朝早く登校しているので、何回も会う内に喋るようになったのだ。
「満上会長は、今日も生徒会の仕事ですか?」
「うん、そうだよ。ただ、そんなに忙しい訳じゃないから、こうやって朝練をしてる人たちを今日も見にきちゃいましたー」
可愛い。
満上会長可愛い。
入学式で初めて見た時から思っていたが、可愛い。
今も、片目を瞑りながら親指を俺に向けて立てている。
可愛い。
「俺もですよ。朝のバイトが早く終わったのでいつも通り朝練見学です」
俺も満上会長と同じポーズをとる。
「ふふ。なんかいいよね、朝早くに学校来るのって。そういえば高冬くんは、入る部活決めたのかな?」
「いえ、俺は部活入らないです。バイトに集中したいので」
「そうなんだー。うーん。私としては、部活に入ってもらいたいけどなー」
「え?どうしてです?」
なんで、満上会長がそう思うんだ?
「部活動って、高校で最後でしょ?大学にもサークルはあるけど、『部活動』は高校で最後なの。
あ、もちろん強制はしないよ?でも、『部活動』でしか得られない事が沢山あると思うんだ……いや、沢山あったんだ」
想いを馳せるように、空を見上げる満上会長。
「だから、高冬くんにはぜひ、なにか部活動に入って、欲しいなぁと、先輩は思いました」
そう言って、はにかみながら俺の方を向く満上会長。
可愛い。
そんな可愛い顔で言われたら、速攻入ります!って言ってしまいそうになる。
けど。
「なるほど。ありがとうございます、満上会長。もう1度、部活動について考えてみようと思います。まだ本入部まで1週間ありますから」
ちゃんと考えないと。
俺の現状と照らし合わせて、全部両立出来るのか。
「うん。たっくさん考えてね。時間はまだ、いっぱいあるから」
「はい!それでは、俺は行きますね!」
「あ、うん!バイバーイ」
会長の時間を取りすぎる訳にもいかないので、ここいらで俺は会長から離れることにする。
ーーーーー
満上会長から離れ1人になった俺だが、いつもこれと言ってやることがない。
なので俺は毎回職員室へ赴いている。
「おはようございまーす」
「ん?おはよう!高冬!今日もやりに来たのか?」
職員室を開け、元気よく挨拶すると、元気な挨拶が帰ってくる。
その挨拶の主は、体育教師の岩沢先生だ。
体育教師っぽいゴッツイ体格の角刈りの先生だ。
「はい。早く来すぎちゃって今日も暇なんすわ」
「いいぞいいぞ。早起きは良いことだ。お前のその行動力も俺は評価している」
「あざっす。じゃあ今日もやりますね」
「ああ、頼んだぞ」
「はい。では失礼します」
俺が職員室へ来てまでいつもやっている事、それは……。
「あの先生が花が好きだなんて、やっぱり人は見た目だけで判断するべきじゃねぇなぁ」
岩沢先生が、校門から校舎までの一本道の両側で育てている花への水やりだ。
どうやら、この一本道に花を植えることは岩沢先生が提案したらしい。
それを校長先生が『良いねそれ!』と合意し、とんでもない量の種を仕入れたという話を聞いた。
岩沢先生も忙しく、花に水をやる時間を作るのが難しいとか言っていたので、暇な俺がこうして水をやっているのだ。
点数稼ぎじゃねぇかだって?
正解、点数稼ぎだよ。
とまあこんな感じで色々な事をしながら、俺は朝学活が始まる時間まで時間を潰してるわけだ。
ーーーーー
「じゃーなー」
「「おう、またな!」」
帰りの学活が終わり放課後になった。
バイト戦士は放課後も忙しい。
俺は17時からのバイトに向けて、部活動仮入部をしている研士郎や道也に別れを告げ、教室を出る。
ちなみに2人とも入る部活動は決まっているらしく、研士郎は柔道部、道也はロードバイク部らしい。
道也は趣味が自転車って言ってたからな、ロードバイク部が存在して嬉しがっていた。
「部活、まじどうすっかなぁ」
自転車に乗り、バイト先である商店街のゲーム屋に向かいながら考える。
今日の朝、満上会長に言われた事。
あれも一理あると思うけど、俺はバイトもしたいし遊びたい。
でも、部活に入ればまた新しい人たちとの繋がりが増える。
メリットもデメリットもあるわけだ。
「ダメだ!決めきれねぇ!俺そこまで優柔不断じゃあないんだが……」
自転車に乗りながら考えすぎると危ないので一旦止める。
バイトに行く前に早めの晩飯を食べなければいけないから、いつもの定食屋に行こう。
ーーーーー
「いらっしゃいませ〜」
今は18時30分。
バイトが始まって1時間と30分が経った。
俺は今商品棚を整理している。
「しかし客、多いなー」
その理由は単純。
今日はあの大人気RPG『竜狩り一族の大冒険』の新作発売日なので、お客さんがいつもよりも沢山くる。
かくいう俺も、既に購入して事務所に置いてある。
明日からの土日は一気にやりこむぜぇ!
ちなみに俺のここでのバイトは、火、水、木、金に入れてるぞ。
新聞配達のバイトも土日には入れてないので、休日は完全フリーだ。
しかし、改めてゲーム屋でバイトしてみると、ゲームの種類の多さにびっくりする。
俺は小学校に入学する前からゲームが好きで、毎日のように色んなゲームをやっていた。
別にゲームが好きではなかった春人も俺に付き合ってくれていた為、1人プレイ以外のゲームもプレイしたけど、それでもこの世に存在するゲームの10分の1もできてないだろう。
コンプリートする気はさらさら無いが、この世界の広さに胸も膨らむってもんだ!
「ちょっと店員!聞こえてる?お客様が話しかけてるんだけど!」
俺が世界の広さに胸を膨らませてると、隣から怒気を帯びた声が聞こえてくるのに気付いた。
やばい!お客様だ!
「はい!すみません!何か……ん?」
声の主の方を振り返ると、そこには見覚えのある顔が俺と同じ高さにあり、目と目が合う。
「あーーーーーー!お前は!!!」
「げぇぇぇぇぇ!あんたは!!!」
「アンちゃん!!!!」「コビトウ!!!」
店員である俺に声を掛けていたお客様は、俺の顔見知りだった。
背丈は完全に俺と同じで顔は、キツ目だけど生意気にも可愛い、茶髪ボブヘアーの女子。
名を、山城杏という。
「なんでぇコビトウがここにいるの!?」
「ここにいる理由は2つしかねぇだろ!その内の1つ!ここでバイトしてるんじゃ!」
「なんでぇここで働いてるのよ!?」
「それは理由1つしかねぇだろぉ!お金が欲しいんじゃぁ!」
「なんでぇお金が欲しいのよ!?」
「それは……ってもういいだろこの問答!飽きたわ!」
「てかなんでNPCごときがお客様に突っかかってんのよ!NPCらしく決められた事だけ話してなさいよ!」
「うるせぇ俺はこの現実に生きる人間様だ!店員は全員NPCだと思ってんじゃねぇぞおい!」
「アンタは人間じゃなくてドワーフでしょうが!」
「お前ドワーフ舐めてんの!?力強かったり、物作りの匠とも呼ばれてる伝説の妖精でもあるんだぞ!?」
「ワタシは普通に蔑称で使ってますぅー!」
「とんだ最低なお客様が来店してしまったな!今すぐ目当てのものを購入して帰宅していただきたい!」
「その目当てのものが無いから声かけたんでしょうが!」
「ああ、そうでしたね。なんでしょうかお客様」
「いきなり豹変しないでよ!ジキルとハイドかよ!」
俺と怒涛のやり取りを交わした彼女、山城杏との出会いは高校の入学式の日。
俺が校門前で未成年飲酒を疑われ、朝永先輩に連れて行かれた詰所みたいなところで出会った。
彼女はゲームをしながら校門を潜るというとんでもなくアホな行動をして、朝永先輩に連行されたらしい。
初対面から俺に『小っさ!来るとこ間違えたの?』と毒を吐いてきたので、俺もすかさず反撃したところ、今みたいな口撃合戦になったのだが内容は無意味に等しいので割愛。
「それで?目当てのものは?なんですか」
一応店員なので、仕方なく敬語を使う。
「『竜狩り一族の大冒険』無いの?」
お前もお客様なんだから敬語使えや!というのは心にしまおう。
これ以上口撃合戦が続くのも面倒だしね。
「あ、もう入り口の棚に無いっすか?ならもう売り切れですね。すみません」
一応、店員なので頭を下げる。
「そう……なのね……」
見るからに落ち込んでるアンちゃん。
ちなみに『アンちゃん』というあだ名は俺が付けたもので、やましろ『あん』ずの『あん』から取ったんだ、可愛いだろう?
……。
てか、落ち込みすぎじゃね?今にも泣きそうな顔してるんだが。
「あれ、そんなに欲しかったですか?他のお店は?」
「この辺ならここが最後。時間的にもう他の店には行けない」
うん。
これほぼ泣いてるね。
だって声が涙声だもん。
てか時間は日が暮れてないし大丈夫じゃね?
と、思ったが何か事情があるんだろう。
……。
未だに顔を下に向けたままのアンちゃん。
流石にそこまで落ち込まれるとなぁ。
「はぁ。仕方ねえか。ちょっと待ってろ」
「え?」
商品棚にもう無いならこの店の在庫はもう無い、完全に売り切れだ。
だけど、この店には後1つだけあるんだよ。
『竜狩り一族の大冒険』がな。
「ほらよ。『竜狩り一族の大冒険』だ。5800円、頂戴する」
事務所に置いておいた、俺が買ったカセットだ。
「……」
なんだ?なんでなんも言わねぇんだ?
「おい、これだろ?アンちゃんが探してたのは」
「ふふふ」
は?
「ふふふふふふ!」
なんか急に笑い出したんだが。
「ふふふ。そうよ!これよ!やっぱりあったのね!泣いて正解だったわ!あーやっぱり!ゲーム屋の店員なら先に買っていると思ったのよ!」
そしてとんでもない言葉を発したぞ。
こいつまじか?
信じられない。
「さあ、代金を受け取りなさい。5800円きっかりよ!」
そう言って自分のポケットに手を入れ、5800円を俺の手に強引にねじ込み、カセットをひったくるアンちゃん。
「それじゃあ、さようなら!」
目的のものを手に入れたアンちゃんは、速攻回れ右をして、スキップしながら店を出ていく。
俺は未だに信じられず、口を開けたままだ。
「おい高冬。大丈夫か?なんかトラブってたみたいだが」
レジをやっていたバイトの先輩の江口先輩が、俺を心配して声を掛けてくれた。
「あ、江口先輩。大丈夫ですよ。彼女は知り合いなんで」
「そうか、ならいいんだが。あ、また客来た。お前も早く棚整理やれよ」
「うっす」
お客様対応のため、再びレジに戻った江口先輩。俺も平然と棚整理を再開させる。
そんなクールな俺が心で思っていることは1つだけ。
『ウゴゥゥゥゥぁぁぁぁぁダァダァダァダァダァダドゥゥゥゥゥー!!!!!!』
言語化不可能な、魂からの雄叫びだけだ!!!!
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