第19話 山田春人と頼みごと完遂③



〜山田春人〜



「瀧上の性格を更正して欲しい……かな?」


「はい?」


ピピピピピ……


ここでちょうど電車が来たので乗り込む。

というか恵美さんがとんでもない事を言っている気がする!


「私も変なこと言ってるのは分かってるわよ。でもこれから学級委員を続けるにあたって、アイツとの関係性は大事だと思ってるの。だけどアイツはあんな奴でしょ?私も何度も問い詰めたりしたけど全部聞いてくれないのよ」


「え、例えばどんな風に問い詰めたのかな?」


まずはこれを聞かないと。


「それは……まあ、普通よ。人の話聞けーとかそんな感じ」


歯切れが悪い恵美さん。

それは……


「それは本当?」


思った事を口に出してしまった。


「本当よ他にも色々言ってみたけど特に変わることはなかったわ」


おおっと、急に早口になったな。

少し怪しいけどまあ、そこはいいや。

それよりも。


「恵美さんがダメだったなら、俺にも無理だと思うけど。というか、性格を更正って話がでかくないかな?」


性格というのはそう簡単に変えられるものではない。

瀧上くんの性格を万が一変えられたとしても、変えたことによって、彼の周りの人たちにも影響が出る可能性がある。

だから……


「だからどうだろう?性格更正は話がでかいから、他の方法を考えてみるよ。瀧上くんと恵美さんが上手くやれるように。それでもいいかな?」


なんかこの会話、すごくデジャヴを感じるんだけど……。


「……。分かったわ。そういう方向で、改めてお願いできるかしら?」


少し考えて、俺の妥協案に乗ってくれる恵美さん。

良かった、妥協してくれて。

性格更正はさすがに出来ないし、やりたくないからね。


「うん、任せて。出来る限りのことはやってみる」


「ありがとう!あ。私も協力するからね!アンタだけに任せるのも悪いし。なんでも言ってよね」


ウインクしながらそう言ってくれる恵美さん。

あ。

なんか恵美さんが元気になった気がする。

こうして見ると、さっきまでの彼女は少し元気が無かったのかもしれない。


「分かった。相談させてもらうよ。お、ちょうど降りる駅に着いたね」


話をしていたらいつの間にか、壮の最寄駅へと到着していた。


「それじゃあ改めて。来週からよろしく!えっと……山田春人!」


電車を降り、俺に振り返りそう言ってくる恵美さん。

あ、そういえば気になっていたことが1つある。


「そういえば恵美さんは俺のことフルネームで呼ぶよね?何か理由あるのかなってずっと思ってたんだけど」


そう。

名前の呼び方だ。

瀧上くんも真友も呼び捨てなのに、俺だけフルネームで呼ばれているのだ。


「え?あー……そうね。理由は、まあ、あるわよ」


急に歯切れが悪くなる恵美さん。

これは、理由聞いてもいいよね?気になるし。


「理由、聞いていいかな?」


俺が理由を聞くと彼女は。


「あの、まあ、その、あれよ。他の人と同じように『山田』って呼ぶのはなんか変じゃない?同じ苗字はいっぱいいるし……。ただ、い、異性を下の名前で呼ぶことなんてほとんど無いから、な、慣れない……のよ」


顔を少し赤く染めながら、そう答える。


「なんだ。かわいい理由だね」


思わず、心の声を実際に声に出してしまった。


「な……!?アンタ馬鹿にしてるの!?」


さらに顔を赤く染めて、声を荒げる恵美さん。


「いや馬鹿にしてないよ!ただ単純にそう思っただけ!」


「そ、それもそれで恥ずかしいわよ……」


「まあ、俺のことは恵美さんの好きに呼んでよ。別にフルネームで呼ばれるのも悪くないし」


わざわざ呼び方を変えてくれとは、別に思っていない。


「そう?なら、まだ『山田春人』って呼ばせてもらうわね」


「うん」


名前の呼び方について話をつけた俺たちは、適当な雑談をしながら壮へと向かう。


ーーーーー


「と、いうことになりました」


春らしく、割と暖かい夜の風に包まれる近くの公園にて、新島愛希さんに恵美さんの件を細かく伝えた。


「なるほど、瀧上……アイツか」


新島さんがすごく怖い顔で天を見上げている。


「え、新島さん、何か変なこと考えてる?」


嫌な予感がする。


「ん?ああ、瀧上をどうしてやろうかなって考えてただけだよ」


「いやいや、『だけだよ』って!どうもしちゃダメだよ!」


新島さんがとんでもない事を言っている。

やっぱり恵美さんのことになると、少しおかしくなるようだ。

仲が良いのは良いことなんだけどね……。


「いやだって、恵美がアイツをどうにかしてくれって言ってたんでしょ?ならなにしても良いじゃん」


「どうにかっていうか……まあ、どうするかはまだ考えてないけどさ。そこはもっと穏便にいこうよ」


新島さんなら暴力で解決しそうだ。

それは絶対阻止しなくてはならない。


「穏便って、ウチのことなんだと思ってるの?」


「スケバン」


「おい山田殴らせろ」


「そういうこと言うからだよ!」


スケバンみたいな振る舞いをする新島さんが悪いと思います。


「ったく、まあいいわ。とりあえずウチの頼みごとを聞いてくれてありがと」


怒りを収め、素直にお礼をしてくる新島さん。

そういう所はしっかりとしているんだよね。

恵美さんに関わることだからかな?


「どういたしまして」


「借りはいつか返すから。それで、今後のことなんだけど、まだ考えてないんだよね?」


「そうだね、まだ考えてない。新島さんは何か考えあったりする?」


「ひとまず瀧上を怒鳴りつけたい所だけどそこは我慢するとして」


「我慢してくれて良かったよ」


「うっさい。あ、そうだ。アンタが瀧上と仲良くなるってのはどう?」


「俺が瀧上くんと?」


「そう。アンタが仲良くなって、友達として瀧上を洗脳していけばいいんだよ」


「いやいや洗脳って。いちいち考えが怖いよ、新島さんは。洗脳はダメでしょう、洗脳は」


「冗談だよ。そんなのもわからないの?」


「いやごめん。新島さんならそういう事言っても違和感ないっていうか……」


「ハイ殴る」


「うわ!ごめん!謝るからその拳しまってください!」


本当に拳を振り上げたよ新島さん。


「まじで次はパンチ入れるからね?じゃなくて、アンタが瀧上と仲良くするのはどうって聞いたんだけど」


「ああごめん、そうだったね。うん、その考えいいと思う。俺も友達が増えるし一石二鳥だ。邪な考えで接触するから、瀧上くんには少し申し訳ないけど」


「申し訳なくなんかない。恵美を困らせるアイツが悪い」


相変わらずの恵美さん好きを披露する新島さん。


「本当恵美さんの事好きだね、新島さん」


「当たり前。恵美はウチの1番大事な人だから」


新島さんの顔がものすごく真剣になった。

その顔だけで、彼女の恵美さんへの想いが伝わってくる。


「そっか……。よし、じゃあ俺も同じ壮で暮らす恵美さんのために頑張っちゃおうかな」


家族を失ってしまった俺は、いや、俺と真友は、出合壮で暮らす人たちのことを新しい家族だと思っている。

家族が困ってたら助けなきゃ。

それは今も昔も変わらない。


「頼むよ。ウチも全力で協力するから。いざという時は『コレ』もあるし」


そう言って、拳を突き出す新島さん。


「いやだからその考えは捨て……


「おーい。春人ー。新島さーん。なにしてんのー?」


俺の向かい側にある公園の入り口から、聞き慣れた声がややボリューム抑えめで聞こえてきた。


「げっ。めんどくさ!そういえば時間的にアイツが帰ってくる時間だった。山田!走って帰るよ!」


俺たちに声を掛けてきた主がバイト帰りの真友だと認識した新島さんは、すぐに壮へと駆け出す。


「あっ、ちょっと新島さん!?」


呼び止めようとしたが、足が速い新島さんは結構遠くまで行ってしまった。

まあ、話もひと段落ついてるしいいか。

よし、じゃあ俺も逃げよう、あまり意味はないけど。


「おいぃぃぃぃ。なんで逃げるんだ!待ってくれぃ!」


走り出した俺の後ろから真友の声が聞こえる。

そういえば、この前新島さんに頼みごとされた時も走って帰ったな。


ーーーーー


「フゥ」


夜22時30分。

俺は今風呂に入っている。

今日をおさらいすると、とりあえず新島さんに頼まれていた事を成し遂げた俺。

しかし、また頼みごとを請け負ってしまった。


『恵美さんと瀧上くんの仲の向上』


次の俺のやるべき事だ。

まずは俺が瀧上くんに接触。

そこからの事はまたその時考えよう。


「なんか、地味に楽しみにしてる俺がいるな」


具体的になにを楽しみにしてるかは分からないけど、心は、踊っているんだ。



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