第18話 山田春人と頼みごと完遂②

〜山田春人〜



「いやいやさすがに有り得ない。なんなんだアイツ」


放課後の体育館にて、瀧上くんの恨み節が響く。

その理由は……。


「手が離せない仕事が出来たから椅子の設置を任せるって……最初からそのつもりだったんじゃないか?」


そう。

来週の月曜日に体育館で行われる部活動オリエンテーション。

その際に生徒達が座る椅子の設置を任された藍野先生を手伝いに来たつもりだったんだけど、肝心の先生が、急用で来れなくなった。

つまり今ここにいるのは恵美さんと瀧上くんと俺だけ。

元々藍野先生には憤りを感じていた瀧上くんがさらに怒るのは必然なのだ。


「まあまあ。先生にも仕事があるんだから仕方ないよ」


俺も思うところが無いと言えば嘘になるが、嘆いても仕方ないので、瀧上くんを宥める。


「よくそんな事が言えるね春人くん。君は少し優しすぎるんじゃないか?」


「いや、俺も何も思ってないわけじゃないけど、とりあえず今はこれもを終わらせないと」


俺だって先生に恨み言の1つくらい言いたい。

でもそれは後でもできる。


「山田春人の言う通りよ。口ばっか動かさないで手も動かせば?」


話しながら作業していた俺たちに恵美さんの注意が飛ぶ。

でも、俺たち普通に手は動かしてるけど……。


「いや手は普通に動かしてるけど」


俺が思っていた事を瀧上くんが呟く。


「何?聞こえないんだけど」


「ああいやなんでもない。やろうか、春人くん」


恵美さんに威圧された瀧上くんは恵美さんから少し距離を取り、再び作業に取り掛かる。

よし、少し作業ペースを上げるか。

それで早く帰ろう。

今日は金曜日だし。


ーーーーー


「ふう。終わったね」


作業を始めてから約20分。

ようやく全ての椅子を設置し終えた俺たちは一息つく。


「だね。今日はありがとう。では、僕はこれで」


そう言ってそそくさと帰ろうとする瀧上くん。


「ちょっと待って!先生への報告は!?」


帰ろうする瀧上くんを、恵美さんが言葉で引き止める。


「さすがにそこまでする義理は無い。君たちもすぐに帰りなよ。それじゃあ、また来週」


「ちょっと待て瀧上!」


瀧上くんはそのまま恵美さんの静止を聞かず、体育館を出て行ってしまった。

俺の横にいる恵美さんは今震えている。

言うまでもなく怒りで、だろう。


「恵美さん、俺が一緒に報告に行くよ。ここまで手伝ったんだから一蓮托生だし」


正直、これはチャンスだと思っている。

なぜならば、このまま恵美さんと2人きりになり、新島さんから依頼された頼みごとを済ませられるからだ。


「いいわよ。さすがに悪いわ。あんな奴の代わりをさせるなんて」


やばい。

恵美さんは歓迎してないようだ。

ここはどうにかしてついて行かなきゃ。


「いいよいいよ。どうせ壮に帰っても暇だし、俺」


自分で言っていて悲しくなるが、事実なので仕方ない。


「でも……」


いまだに渋る恵美さん。

なんでだ!

もしかして俺と2人きりが嫌なのか!?


「大丈夫だよ。よし!行こう!」


「わ、分かったわ」


結構強引になってしまったが、了承を得られたので良しとしよう。


ーーーーー


「本当にありがとうな!助かりました!それじゃあ気をつけて帰れよ!」


「はい。失礼しました」


職員室にいた藍野先生に、椅子の設置を終わらせた事を簡潔に報告して職員室を出る。


「先生の机、書類が山盛りだったね。仕事がたくさんあるっていうのは本当だったみたいだ」


「そうね、別に私は疑ってなかったけど。ああやって疑ってるのを見る限り、瀧上は性格悪いわね」


怒った顔でここにはいない人の悪口を言う恵美さん。

お、俺も少し疑ってたんだけど……。


「ま、まあまあ。瀧上くんだってあんなこと言ってたけど最後までやり切ってくれたじゃん」


俺は瀧上くんについては何も悪いと思っていないので、彼を擁護することにする。


「それは当たり前。学級委員なんだから……。そういえば、まだあんたにお礼言ってなかったわね。今日は、色々助かったわ。ありがとう」


「あ、どういたしまして」


今回の助力は俺にとっても得がある(予定)と思って助っ人になったから、そんな面と向かってお礼されると少し変な気持ちになる。


……。

俺たちの間に沈黙が流れる。


「そ、そういえば、恵美さんは今日誰かと一緒に帰る予定とかあるかな?」


沈黙が嫌だったので、俺は早速頼みごとを完遂させるために動くことにした。


「え?いや、特に誰とも予定はないわよ。愛希たちには先に帰ってもらうように言っておいたから」


「なら、このまま一緒に帰らない?帰る場所が一緒なのに別れるのもなんか変な感じするし」


それっぽい理由を作り、一緒に帰る事を提案する。

正直、男女が2人きりで帰っていたら勘違いされる可能性もあるけど、その時は否定すればいいだけだ。


「うーん。まあ、それもそうね。じゃあ、帰りましょうか」


少し逡巡していたが、どうやら了承してくれたみたいだ。


「うん、帰ろう」


よし、2人きりの状況を作れたぞ。

後は話を切り出すタイミングを伺うだけだ。


ーーーーー


「フゥ。やっぱり金曜日はさすがに疲れがたまってるね。身体が休息を求めてるよ」


駅のホームにて、俺は『悩み』に繋がりそうな話を切り出す。


「疲れてるのに手伝ってくれたの?お人好しよね、あんた」


やばい。

『悩み』に繋がる会話を意識したせいで俺がお人好しみたいになってしまった。

でも、これでいくしかない。


「そんな事ないよ。手伝いたかったから手伝っただけだよ。恵美さんは?疲れてない?」


「疲れてないと言えば嘘になるけど、そこまででは無いわよ」


「そうなの?顔色とか見る限りちょっと疲れてるように見えるよ」


俺には正直わからないけど、新島さんにはそう見えてるらしい。


「それは私の顔が悪いって言ってるの?」


「うん……って、いやいや。顔じゃなくて顔色だよ!」


危ない。

危うく恵美さんの勘違いを肯定してしまうところだった。


「ふーん。そう見えるんだ。まあ、疲れてるように見えるなら、それはアイツの影響が大半なのかなー」


と、何故かそっぽを向く恵美さん。

どうやら、疲れてる事は認めてくれた……っぽい?

さすが新島さん。

恵美さんのことはお見通しだね。

さて、ここから悩みがあれば引き出していきたいけど……。

少し気になる事を言っていたので、聞いてみよう。


「アイツ?っていうのは誰か聞いても良いのかな?」


まあ正直、予想はできなくも無いけどね。


「……。手を貸してくれるなら、教えてもいいけど」


「え?手を貸す?ど、どんな事に手を貸せばいいのかな?」


何も聞かずに手を貸すのは早計な気がしたので、一応聞いてみる。


「別にたいした事じゃ無いわ。ただアイツ……瀧上をどうにかしてほしいのよ」


やっぱり『アイツ』の正体は瀧上くんだった。

まあ、さっき仲があまり良くなさそうだったから薄々分かってけどね。

でも。


「どうにかしろってどういう事すればいいのかな?」


何をして欲しいのかが分からないと、動きようがない。

あ、別にまだ手を貸すと決めたわけでは無いけど……。


「そうね……。瀧上の性格を更正して欲しい……かな?」


「はい?」


な、なんて事を言ってるんだ恵美さんは!



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