ハラキリ(その5)

火盗の重野清十郎が教えてくれた亀戸天神裏の賭場で、蝙蝠の安五郎を探した。

『完全に寝入って、ちょっとやそっとの音では目を醒まさないのが丑ノ刻だ、と安五郎は頑なに信じておる。今までやつがやったとされるヤマは、まず手代なり小僧なりを手なずけてから、縄梯子を使い、すべて丑ノ刻に押し入っている。いわば小心者なので、危ない橋は決して渡らねえやつだ。・・・だが、顔を見られたからといって、その手代を殺したのが解せない。金は盗むが、ひとを殺めるやつではない。内通者と仲間にけっこうな分け前をはずみこそすれ、用が済んだからと殺したことはない。だから、今まで捕まらずに生き延びてきたのだろうよ』

浮多郎は、重野の話を聞いて、大坂屋のヤマは安五郎の仕業と踏んだ。しかし、紺次郎を殺めたのが分からない。

―今夜の安五郎は、当たりまくっているようだ。

やはり、元手が潤沢であれば、それだけ強気で張れる。

・・・賭け事は強気がいちばんだ。

賭博はやらない浮多郎だが、それだけは分かる。

賭場が跳ね、ひとり勝ちした安五郎は、懐手で口笛を吹きながら木場のほうへそろりそろりと歩いていく。

・・・そこへ、追い駆けてきたヤクザ者が三人ほど、安五郎を取り囲んだ。

賭場の胴元が、儲けすぎた客から金を取りもどす話は聞いたことがある。

安五郎は、懐から金を差し出すと見せかけて、匕首を抜いて構えた。

「野郎!」と、叫んだヤクザ者も、匕首を抜いて斬りかかった。

殺す気のないヤクザ者だが、なにせ三人がかりなので、よろめく安五郎は次第に血まみれになっていった・・・。

浮多郎は、暗闇から飛び出すと、十手でヤクザ者を次々と打ち倒していった。

安五郎に肩を貸し、木場近くの家まで運んだ。

長屋の一角の、傘屋と墨書した障子戸を開けて転がり込むと、「お前さん。どうしたえ」と、女房が抱きついてきた。

『傘屋という堅気の商売を隠れ蓑に、押し込み強盗を重ねてきたということか』

そう思いながら、安五郎を寝床に横たえてみると、けっこう傷は深い。

かいがいしく手当をする女房に、安五郎は懐の巾着袋を渡して、「これで医者を」と外へ走らせた。

「十手持ちかい?」

たしかに蝙蝠のように用心深そうな目をした安五郎は、浮多郎をじっと見つめた。

「俺の傷はどうだ。ヤバイか?」

「かなり深いが、致命傷ではない。止血すれば大丈夫だろう」

浮多郎は、女房が用意した端切れで、腕と脇腹をぐるぐる巻きにした。

「本所の大坂屋のヤマか?」

安五郎が、ぽつりといった。

「ああ。あんたの仕事か?」

答えない安五郎に、浮多郎は追い打ちをかけた。

「火盗の重野さまは、『蝙蝠安は手堅い盗みはするが、決してひとは殺めない』とおっしゃっていた。そこが分からねえ」

「重野清十郎か。・・・長い付き合いだな」

しばらく目を閉じていた安五郎だが、

「今度のヤマは、俺らしくもねえ。もとは大坂屋から持ちかけてきた話だ。帳場の大金をくすねる手代をこらしめたいので、紺次郎という男を手なずけ、いっしょに押し入って百両奪う芝居をすれば、それなりの金をはずむということだった」

ぽつりぽつりと顛末を話しはじめた。

「その紺次郎という手代の頬被りを外して、『ドジ』とかいって、殺したのかね?」

さすがに、安五郎は、これには答えない。

女房が医者を連れて来たので、浮多郎は退散し、その足で八丁堀を目指した。

―翌朝、岡埜が手配した捕方が木場の蝙蝠の安五郎の傘屋を襲った。

しかし、安五郎と女房は、きれいさっぱり長屋を引き払っていた。

畳の上に、奉行所あての上申書が置いてあった。

『大坂屋万兵衛の依頼により、手代の紺次郎を手先として大坂屋に押し入り、金品を奪った。紺次郎を殺したのは万兵衛だ』

上申書にはそう書いてあり、安五郎の名の下に、ごていねいに血判まで押してあった。

「この上申書だけでは、大坂屋万兵衛をしょっ引くことはできねえ」

上申書を読んだ奉行所の同心・岡埜吉衛門は、嘆息をもらした。

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