【小野 九美の場合】

「…真子、今日も光貴のところ、お見舞いにいくよね?」

「…うん」

「学校終わったらさ、アタシも行くから… 玄関で待ち合わせしよ」

「…うん、いいよ」


――私たちはいつだって三人で一緒だった。そして、これからも、そうだと信じていた。勝手に。

 光貴に異変が起きたのは去年の今頃、三年前に3人で夏祭りに行った次の日のことだった。あの夏祭りの日は本当に最高だった。アタシの隣には光貴がいて、真子は優しく微笑んでいて、光貴のやつ、調子に乗って大好きなたこ焼き買いすぎちゃったとか言って照れながら私たちに押し付けてきたっけ。私たちはもうわたあめで手一杯だったのに、光貴から貰えるモノだから、つい嬉しくなっちゃって。しょうがないなぁとか言ったけど本当はすごく嬉しくて胸が高鳴ったのをよく覚えている。

 だからこそ、光貴が倒れたなんて知った時私は。

――思い出したくもない

 それから、光貴と出会う場所は病院に限定されるようになった。

 

「もう、食いすぎたんじゃないの」

「ははっ、悪い悪い… なんかはしゃぎすぎちゃったかも」

「…でも、コウ君が思ったより悪くなさそうで…良かった」

「……はやく元気になりなさいよ」

「まかせろって! すぐだよ、すぐ」


 そんな言葉とは裏腹に、現実は悪い方に悪い方に進んでしまった

光貴に会える日は徐々に少なくなり、1ヵ月もすると面会謝絶になった。そして最悪の言葉を光貴自身から伝えられる。


「……俺、ダメらしい……」

「……!」

「…うそよ、そんなの……」

「…どうにもなんないんだってさ、それでさ、せめて最後ぐらいは自分らしく生きようと思って、お前らと会えるようにって」

「……あきらめるっていうの?!」

「……九美、だめ!」


「……俺だって、俺だって生きて―よ!!!」

光貴の怒号が響いた。

「…なんで俺なんだよ、どうしようもないってなんなんだよ……」

 絞り出すような光貴の声。

暗い部屋の中で私たちの鈍く涙は輝いていた



 結局、私たちはどうにもならない運命を受け容れるしかなかった。最後まで私たちは一緒だ。最後まで私と真子は光貴に付き合う。辛いだけでどうにもならない投薬、闘病は全て止めた。せめて光貴が悔いが無いようにこれからを過ごす。

 ――そのためなら、私は



「…ごめん、待った…? 委員会で少し遅れちゃって」

「…ん、全然 私も今終わったぐらいだし…」


今日も二人で光貴の居る場所に向かう。



「ねぇ… 九美さ、最近噂になってる都市伝説知ってる?」

「都市伝説…? アタシ全然そういうの知らないや」

「なんか… 魔法少女って人たちが居るらしくて…… 魔法で何でも叶えられるんだって…」

「…魔法?」

――なんか、胡散臭いな 真子らしくない

「…で、その魔法はどうやったら使えるの」

「…………」

「…?」

「…自分の意思で、どっかを傷つけるんだって」

「傷つける部位が深ければ深い程、強い魔法が使える魔法少女に変化できるって、それでね…」

「…ちょ、ちょっと待って 真子落ち着いて! そんな悪趣味な噂聞いたことないよ?」

「…私も、こんなの信じないよ、普通だったら」

「…でも、今は何でも縋れるものには縋りたいよ…!」

「…………」


 沈黙が痛い。真子だって本当は諦めたくはないんだ。そんなのに縋りたくなる気持ちは良くわかる。頭ごなしに、感情的に否定してしまった自分が恥ずかしい。


「……コウ君がね」

「…?」

「コウ君が死ぬ前に一度でいいから、私の事が欲しいって」

――え?

「昨日の夜、呼ばれて、告白されて」

――ちょっと待って何を言ってるの?目の前の女は

「それで、私、やっぱりコウ君がこのまま死ぬの黙って見てなんかられないって」

「…なんでもいいから、コウ君救えないかなって」


「…アンタ、たの? 光貴と」


「…うん」


白い頬を赤らめながら、真子はうなづいた。風が真子の黒い髪を撫ぜた。


「…私、賭けるよ これが眉唾だったとしても 私の身体でもしかしたらコウ君が助かるかもだったら」


――真子が何か言っているが良く聞き取れない。上手くこの場に立っていられない

 私は逃げ出した、その場から。真子を置き去りにして。


「…九美?!」


そっから先は良く覚えてない。気づけば自分の部屋だった。


「……」


――そっか、そうなんだ

――今からでも二人の所に行って、ふーん、アンタ達ようやくくっついたの?ホント、さっさとくっつけと思ってたのよって

 駄目だ、涙が止まらない。アタシ二人の事、応援できるかな。


ひとしきり泣いて、おさまった頃、私はそれでも光貴の所に行きたいと思った。

選んだのが私じゃないとしても最後まで光貴の近くに居たい。

 身体は自然に、あの病院光貴の居る場所に向かった。



 病院の中庭に真子の姿が見えた。思わず立ち止まる。手には銀色の煌めきが見えた。

――真子、本当に…?

 真子の震える手は徐々に下に落ちていき、自身の足首に添えられる。

アタシは、心音が頭に響くのを感じながら真子から目を離せなかった。

 真子が自分の足首を切り裂く。溢れ出る赤色、真子の右足はもはや身体を支えられなくなりダラリと崩れ落ちる。

 その時、真子の身体を黒い影が包み始め、黒い繭を形成した。

――嘘、信じられない…

 黒い繭からシスター服のような衣装に身を包んだ真子が表れた。

――あれが…魔法少女?

 真子は、膝をついて祈りを捧げ始めた。呼応して光貴の居る部屋が青白く光り出す。 

 アタシは唯、目の前の非現実を眺めていた。


 「…ダメ、まだ足りないの?これじゃ…」


 真子の呟きが聞こえたのは、偶然だったのかもしれない。しかし、光貴の命を助けるにはまだ足りないのは理解できた。


 ――アタシだって


 カッターを取り出し、刃を自身の首に当てる。躊躇なく動かした。



 3人の夢を見た。なんか呼ばれてる気がして俺は飛び起きた。

 ――身体が軽い

 あいつらが居る気がする。間違いない。なんでかはわからないけど、行かねーと。

病室を飛び出し、駆け出す。なんにもわからないはずだけどわかる。こっちだ。

 飛び出すようにして中庭に出た。

「…真子!!!」


「……コウ君?」


なんでシスター服なのかはわかんねーけどとにかく真子が立っていた。

「コウ君! 本当に…本当に効いたんだ…!」

 しゃくりあげながら泣く真子を抱きしめた。

「どうしたんだよ…?」

 


――光貴の声が聞こえる気がする

――光貴を感じる

――光貴…!

 アタシは脱力感の中、意識を取り戻した。冷静になる。きっともうアタシは駄目だろう。自分の首を切り付けたのだ。もう幾何もない命であることを感じ取っていた。

――せめて最後に光貴を…

真っ暗闇の中で光貴を探した。



「ひっ…!!!!!」

「ば、化け物…!!!」


――??


「コウ君…下がって! 私に任せて! 絶対に守って見せるから…!」

「な、なんなんだよコレ…」



――なんで2人とも逃げるの?


 瞬間、アタシは窓に反射した自分の姿を認識した。

 首から上のない化け物。首から血があふれ出している。


「コウ君に近寄らないで…! せっかく、せっかくここまで来たのに…!」


――ああ、そうか

――そうなのか

――じゃあアタシのすることは…


 首ナシの魔法少女は、少年を必死に庇うシスター服の魔法少女に襲い掛かる。

首ナシの右手がシスター服の魔法少女を貫こうとする。が、貫くことはない。少女に触れることも掠れることもない。


「きゃあああ…!!」

「真子…!!」


――光貴の声…


「コウ君は絶対に守る……!」


少女の声に共鳴して、彼女の腕から光の矢が放たれる。正しく魔法少女が如き姿であった。

 首ナシは避けない。下腹部の刺し傷に燃えるような痛みを感じる。少女は第二、第三の矢を続けざまに放つ。首ナシは全てを受け止める。胸に、肩に、ももに。全身が燃え上がるようだ。

 だが、魔法少女と化した身体は死ぬことさえ許さなかった。

――カッコよく死ぬこともできないのね

 鈍い光の中で真子は元の姿に戻ってしまった。

「……痛い!」

 彼女の足からは血がとめどなく流れている。


――このままじゃ、真子の傷が…


アタシは最後に傷を負った真子を庇う光貴を見つめた。怯える顔も相変わらずイケてるわ。

――じゃあね、幸せになるんだよ


 アタシは振り向き、魔法を使って飛び上った。


――このまま、時間がたてばアタシはきっと“死ぬ”

――それでいい。願わくば、せめて、どこか、誰にも見つからないような場所で

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黒魔法少女 @yuukibana

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