黒魔法少女
@yuukibana
【玄野希理子の場合】①
大人になどなりたくはないと強く望むのはきっと自然な事で、ましてこの世に生を受けたことが奇跡などとは全く思えないことは皆も抱えている共通項ではないと知ったのは最近だった。それを理解しようとすればする程、私は“周り”との溝を自分勝手に構築しては埋められないのだ。
「……希理子さん、おはよう!」
「…! お、おはよう!」
不意に現実に戻された。勝手に溝を感じているのは此方であって、“周り”は私も勿論同じ希望を抱いて生きていると考えている。彼女らの世界には煌めきがあって、きっと未来も見えているのだろう。私には世界などコンクリート壁でできた異常に天井の低い檻のようで窒息しそうだ。
――きっと未来など塞がっている。
「…みんなおはよう!ちゃんと宿題やってきたー?」
「…おはよう!え、きょう提出のやつなんてあった?」
「それって明後日になったって中平先生言ってたくね?」
「…え?そーなの?早く言ってよー!」
通学路の喧噪の中に私は笑顔を作り溶け込む。皆と“同じ”華の女子中学生を演じる日々がまた始まる。
――はやく終わればいいのに。
無感情に業務を終わらせるように、一日を消化する。今習っていることは全て“大人”になって困ることのないように必要らしい。
私は大人になどなりたくはない。将来父親のようになるくらいなら死んだ方がマシだと思い続けている。
そんなことを思いながらも自分の足は家を目指し動く。
――仕方ない、自分には他に居場所もないのだから
軋むアパートの扉を開ける。――居る。
「……おい、希理子 それやるから今晩はどっか適当に行ってこい」
父は机の上に置かれたくしゃくしゃの千円札二枚を指しながら言った。
「……まただれか来るの?」
「…あぁ?なんだお前、文句でもあるのか?」
「この家は俺の家だろうが!!!親に向かってなんだその態度は?!黙って従え!!」
父が突発的にキレるのはいつものことだ。また手を挙げてくる前に私は早々に退散することにした。
きっとまた女を連れ込むのだろう。不快だ。こっちだって居合わせるつもりはない。
結局、ネットカフェに落ち着くことにした。明日の荷物は明朝すぐに家に寄って取りにいこう。それまでに事が済まされていることを願う。
――気持ち悪い。大人になるということがこういう事なら私は永遠に子供のままでいたい。
ネットカフェの個室は多少の心許なさこそはあったがいつも家に居るよりは安全な気がした。
――今日は、殴られずにすむ。
横になると瞼が自然に重たくなった。深い暗闇へと落ちていく。この感覚だけは心地よいと感じられるといつも思う。
――母の
母は笑いながら私に手を振っている。私は泣きながら母に訴える。
「どうしてママはいなくなったの…?」
母は笑ったまま答えない。
「なんでママはこっちにきてくれないの…?」
「パパはママ以外の女といるんだよ…?」
「ねぇ…なんでなの…」
私は駄々をこねる子供だ。泣き叫び、ひきつけを起こしてうまく喋れていない。
夢の中の私の取り乱し方に比べ、私自身は冷静に夢を俯瞰していた。
――私は母の顔を知らない。
知りもしない母を母だと認識できるのは、これが夢だからだ。
瞬間、途轍もない痛みが私を現実に引きもどした。
――なに…?
あまりの痛みに、うずくまったまま動けない。お腹だ。強い痛みに思考がままならない。
思わず笑みがこぼれる。
――いよいよ終われるんだ…
数分、あるいは数十分か、数十秒か。痛みが引いていくと同時にようやく自分の望む結果がもたらされないことに違和感を覚えるようになる。体は重く、頭には頭痛が響くが冷静に思考することができるようになってきた。と、同時に一抹の疑惑が頭をもたげる。
――自分は“大人”になったのではないか
嘘だ。信じたくない。鼓動が早くなる。身体にかかる倦怠感と同時に自分自身に対する気持ち悪さが内側から溢れてとまらない。視界の隅がねじまがって、空間が歪んでいるみたいだ。
自分がうまく立ち上がれているかわからないままに、気づいたら駆け出していた。後ろから真っ黒いぐにゃぐにゃが追いかけてきて私を急き立てるようだ。
深夜の繁華街を駆け抜ける。肺に流れ込む夜の空気が冷たい。人混みに何度かぶつかり悪態をつかれたが耳に入らない。訳がわからなくなるまで走った。
気づくと満点の星空が見える場所にいた。こんな綺麗な場所がここにもあったのか。
真っ白でひと際大きく輝く星にかかるように手を天高く真っ直ぐに掲げた。
左手の薬指にかかってまるで“約束の指輪”みたいだと思った。
――約束なんて、結局人間は……
現に父は母のことなんて忘れてしまっている。間違いなく愛だのなんだのというのはこの世の中で不浄なモノに属す。
「…死にたい」
ひどく感傷的になる夜は今までだってあった。今夜が一味違うのは自分で自分を受け容れられなくなったからだ。
自分もこのまま汚れてしまうなら積極的に自分の存在を失うことに肯定できる。
「……どうせこんなもの役に立たない」
月を携えた薬指が憎らしい。どうせ幻想ならいっそ存在しないほうがいい。
おもむろにカバンからハサミを取り出した。
なんの迷いもなかった。指に冷たい刃があたったのを認識するとともに躊躇なくハサミに力を込める。
「……あああああああ!!!」
手が真っ赤に染まっていく。ゆっくりと滴り落ちる液体は私の身体の中から汚いモノを流してくれる。反射で瞳から涙こそ流れるものの少女の表情自体は晴れやかだった。
――これでまだもう少し、綺麗でいられる。
安心感を得るように、何度も何度も何度も繰り返しハサミを握る。強烈な痛みと肉を断ち切る音は少女の存在証明と化していた。
彼女の一部だったものが物理的に切り離され、地に落ちた瞬間
――黒い世界は彼女を歓迎した。地面に伸びていた黒い影が哀しき少女を包み込む。世界に産み落とされた黒い繭。中からゆっくりと歩みだしたのは、空想の御伽話に出てくるような
――魔法少女だった。
黒いドレスを基調とし少女趣味に見える服装の中に、一見してこの世ならざるモノのオーラが溢れている。
「あーあ、既に野良で暴走しちゃってる子がいるってのに… 新しいのうまれちゃってるじゃん」
「……見たところあの少女も偶発的に変化したもののようだが…?」
「…なおさら、手に負えないよ?ワケわかんなくなっちゃってるようなの2人も」
「…魔は魔に惹かれ自然浄化する理にあるさ」
「…やりあってくれるってこと?勝手に」
「…あるいはな」
「だとしても…生き残った方は?」
「666秒の制限がある。落ち着いたら…だな」
遠くから少女を見つめる影。
「お、噂をすれば…」
「…来たな」
「…ひゃあ、あっちはエグイ見た目してんねぇ」
――寒い、苦しい、そして、絶望
魔法少女と化した希理子の意識はあやふやで曖昧、ただ色のない絶望だけが心を塗りつぶしていた。
――なに…?
ゆっくりと瞳を開ける。希理子の瞳にはぼんやりと化け物の姿が映った。
首から上のないセーラー服の女。手には血に濡れた斧を携えている。その血が自身の首から溢れ散る朱なのか、誰かの物なのかはわからない。
希理子は恐怖よりも先に何故か強烈な悲しみを感じた。自分のモノではない。いや、感じているのではない。流れ込んできているのだ。
――悲しい哀しいカナシイ…
と同時に流れ込む、身が焦げるような狂おしい“愛情”。
希理子の混濁としていた意識をハッキリとさせた、いや、ある意味で再び激情にからせたのはこの“愛情”という感覚であった。
――そんなものは…ない…!!
キッと眼前を睨みつける。このモノとは相対するしかない、そう本能的に悟った。
瞬間的に大振りで斧で薙ぎ払う首ナシ。希理子は避けられずに直撃し1、2m程後方に吹っ飛ばされる。
舞い上がる塵のなか、痛みや衝撃を感じられないほどに、希理子の頭の中はただ目の前の憎い
――コロスコロスコロスコロスコロスコロス
その戦いに少女らしさや可憐さはまるで見受けられない。剥き出しの殺意に現実が世界を誤解しているようだった。
奥歯を強く噛みしめ、ただ首ナシを見つめ願った。アイツを消したい、この世からと。
希理子は無意識に腕を持ち上げ首ナシに向けた。何が起こるかなどわかってはいない。何より希理子自体マトモに思考をしているわけではない。ただ、本能的だった。
まるで数千年も前からニンゲンがこんな状況に陥った時そうすると決められているとでも言うように。
一瞬の鈍い光がみえ、自身が切り落とした指のあたりに強い痛みをハッキリと感じた後、彼女の腕は巨大な鋏を掴んでいた。いや、表れたのだ、突如として。
その鋏は人の体長ほどもあろうかという規格外の大きさで柄の部分には不釣り合いなリボンが結ばれていた。
希理子は躊躇なくその大鋏を振り投げた。大鋏は少女のか細い腕が投げたとは思えない勢いで首ナシに迫る。
首ナシは手を前に掲げ、希理子同様に魔法を行使した。黒い霧が盾となり大鋏を食い止める。
が、無駄だった。飛び上がって急速に接近した希理子が勢いのままに大鋏を押し込む。
そのままなだれ込み、後は一方的な蹂躙だった。大きな鋏はまるで肉食動物が捕食しているように噛み、ちぎり、食みを繰り返す。
「うわ、あれ、止めた方がいいんじゃない?」
「…俺たちが今出てもどうにもならん」
「…でもさぁ もう切り刻まれてる方あれじゃん」
「…人間に戻ってたのに」
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