面接にて

 お茶が入った湯呑から出てくる湯気を眺めていると、あたふたと走ってくる人物が目に入った。その人は、私の向かい側の椅子にどすんと腰かけた。そして私が口を開くより先に、テーブルにぶつけんばかりの勢いで頭を下げる。


「遅れて申し訳ない!」

「あ、いえ。……申し遅れました、朝宮紗蘭と申します。本日は貴重なお時間をありがとうございます」


 中途採用の面接なんて初めてだから、どう言葉を発すればいいか分からない。とりあえず立ち上がって、それだけ伝えた。


 すると、その人物はひらひらと手を振って笑った。


「いやいや。こちらこそ、忙しい時期に申し訳ない」


 そう言うと、その男の人は、姿勢を正していった。


「ぼくが、課長の田尻だ。早速だけどいくつか質問させてほしい。いいかな?」

「はい、もちろんです」


 一体、どんなことを聞かれるんだろう。やっぱり、この会社に入りたい理由、とかかな。面接で聞かれそうなことは大概、考えてきたつもりではあるけど。


「月島からの報告で、君が特別スキルの持ち主なのは知ってる。それで質問だ。君は、特別スキルを持つ者について、自分を含めてどう考える?」


 予想外の質問に、私は一瞬黙る。でも沈黙を続けるわけにはいかない。なんとか、言葉を続けないと。


「そうですね……。私は特別スキルの持ち主は、一種の可能性を持った人間だと思っています」

「可能性……」

「はい。今の自分の置かれた環境を変えたい、そう考える向上心を持った人間であると」

「うん」

「ただ、その向上心は一歩間違えれば、別の何かに形を変える」

「別の、何か」

「ええ。……たとえば、自分はすごい人間だ。だから、他の人々は自分に頭を下げるべきだと考える人だとか」


 私の頭の中には、以前私から特別スキルを奪おうとしていたあの男の人がいた。彼もまた、自分は特別スキルを持った人間だと言った。だとするなら彼もまた、『自分を変えたい』と願った人間であるはず。


 だからこそ、彼はゲームで特別スキルを手に入れた。でも、その力の使い方は間違っていると私は思う。


「特別スキルを持つ者は、新たな自分の道を見つけることのできるチャンスを得た者であり、同時に自分の道を壊す可能性を含んだ人間であると考えます」


 私の言葉に田尻課長は腕組みして、何やら考えるそぶりを見せた。


「うん。すごく納得がいく。ぼくも色々と考えていることがあってね。月島から聞いているだろうが、社内での特別スキル付与の共通認識としては、『現実世界での自分の生活に満足していない』があてはまる。でも満足してないだけではだめだ」


 ここで言葉を切って、田尻課長は言った。


「では満足するための環境を作るためにはどうしたらいいか、それを考える力を持つかどうか。それが特別スキルをうまく活用できる人なんだと、ぼくは思う。これを持たない人間は、ゲーム内での特別スキルに溺れ、現実から目を背ける。でもその力を持つ人間は、ゲームではなく現実の世界にも目を向けて動き始める。君がいい例だ」


 田尻課長は、目を細めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る