クエスト受注所へ行く前に


 私とシュウさんが椅子に座ると同時に、テーブルの下から、ティーセットが出てくる。うわ、どういう仕組みなんだろこれ。

 私が驚いていると、シュウさんが目を細める。


「……こういう変なことにこだわるタチなんだ、カズアキは」

「変なことっていうなや、シュウ。その変なヤツと好き好んでつるんでるのは、お前やろ」


 カズアキさんがむっとした表情を浮かべる。ああでもこの2人、すごく仲良しなんだろう。話している雰囲気で分かる。


「まぁ、それは置いといて。何にせよ、一応リアルでのお客さんの冗談交じりとはいえ、頼みには違いないから、オレとしては助けてやりたいと思ってるんやわ。だから、まずはクエスト受注所の人から話を聞いて、どうにか彼らに仕事を回さんようにするようなルールがないかを探そう思てたんや」


 カズアキさんの言葉に、私は頷きながら考える。そもそも、クエスト受注所のクエストがその悪いギルドに独占されているのも、ルールがないからだもんね。


 普通のゲームだったら、1プレイヤーにつきクエスト受注上限数があってそれ以上は、以前受注したクエストを達成するか、クエストを破棄しないと次のクエストは受注できない。


 でも、このゲームではそうじゃないし、複数人で同一クエストを受けることもできない。だったら、新しくそういったルールを作るか、既存のルールを用いて、なんとか彼らを押しとどめるしかない。そもそもクエスト受注に関してこのゲームでルールがあるのか否か、それはクエスト受注所で働いている人の方が詳しいに決まってる。だから、クエスト受注所に行って職員さんに話を聞くのは、理にかなっていると思う。


「そうですね。確かに現場で働いている人の方が、ルールなどについて詳しいでしょうし」

「そや。本来ならゲーム会社の人に聞いた方が早かったんやろうけど。オレのお客さん、そういった込み入ったところに与する人間ではなかったみたいやしな」


 カズアキさんが残念そうに言う。そりゃ、ゲームを作り出した会社の人間とは言え、どういった形でゲームに携わっているかはその人の配属されている部署とかによって違うよね。


「とにかく、善は急げや。早速やけど、一緒にクエスト受注所に行ってくれるか」


 カズアキさんの声に、私の傍らに座っているシュウさんが大きくため息をついた。


「……カズアキ。お前、本当に空気を読まないな」

「空気を読まへんってどういうこっちゃ」

「……周りをよく見ろ」


 シュウさんの言葉に、カズアキさんが周りを見渡す。そして、まだ出されたお茶菓子を半分も食べきっていない私のティーセットを見る。シュウさんは落ち着いた声で言う。


「……急ぎではない、ゆっくり食べるといい」


 シュウさんの言葉に私は思わず彼の方を振り返った。職場の人たちと一緒にイベント会場などに行って成り行きで一緒にご飯を食べるときがある。そういう時、周りは男性が多く、みんな食べるのが早い。私がまだ3分の2以上食べきれていないと言うのに、男性陣は既に食べ終えて、さっさと店から出ようとする。


 職場の男性陣の中でも確かに、シュウさんのように声をかけてくれる男性もいる。しかしその言葉はうわべだけのもので、顔には「早くしろ」と書いてあるのが定番だ。けれど、シュウさんは違った。


 彼は言葉と同様、穏やかな表情を浮かべていた。ああ、この表情は本当にそう思って言ってくれている顔だ。私は安堵する。


「あ、すみません。ついお茶菓子がおいしかったものですから。……急ぎますね」


 私はそう言いながら、お茶菓子を食べ進める。いくらおいしいものを出されても、一緒に食べる相手によっておいしさは変わる。そんなことを改めて感じた。

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