始まりの街に行く前に

 女神様は、私ににっこり微笑むと言う。


「ここから、貴女の素敵な冒険が始まります。準備はよろしいでしょうか」


 いかにも、今から冒険が始まる感じ。わくわくするね。最近は本当に仕事のことばかり頭をうずまいていて、余裕がなかったから本当に幸せな気分。


 私は、女神様に向かって大きく頷いた。そのとたん、草原の風景がぼやけ始める。ああ、別の場所に移動かな。それと同時に、女神様の顔もぼやけ始める。さようなら、女神様。また会う日まで!


 目の焦点が合ってきたと思ったら、今度は別の風景が浮かび上がってきた。今度はどうやら、森の中みたい。左下に小さく、『精霊の森』と書いてある。うん、いかにもRPGって感じのネーミングだね。


「えっと私、これからどうしたらいいのかな」


 つい、声に出して言ってしまう。だって、森自体は嫌いじゃないけれど、レベル1の装備も何もない私。こんな状態でモンスターにでも出会ってしまったらと思うと怖い。


 風の音が心地いいけど、そんなことを考えている場合じゃない。その時、視界の端に目的地というポップアップがぴょんと出てくる。


『目的地、始まりの街までのナビゲートを開始しますか』

「あ、お願いします」


 私が言うと、矢印が表示される。なるほど、これを辿って行けば、始まりの街までたどり着けるっていうことね。でもさ、これ、最初から始まりの街に転送してくれればよかったんじゃないかな。


 だって、丸腰なんだよ私。武器とか何も持ってない。ここから始まりの街まで行く間にモンスターが配置されてなかったとしても、つらい。


 私は、矢印の向きに合わせて歩き始めた。森の匂い。本当に、匂いも風も感じる。すごい。でもとにかく怖い。早足で歩いていた時。


 私の足に何かが当たった感触があった。


「ぎゃああっ」


 たまにさ、虫が出現したりしたときに、かわいい悲鳴を上げる人っているじゃない。あと、絶叫マシーンに乗っていて、甲高い悲鳴を上げられる人。


 あの人たちって、だいたい本当に怖がってない人たちだからね。本当に絶叫マシーンを怖がっている人は、声なんて上げられなくて無言。顔は真っ青。ついでに言うと、安全バーを手が真っ白になるくらい握りしめてる。


 そして本当に怖がっている人は、かわいい悲鳴をあげることなんて、できないと私は思う。野太い悲鳴になります、私の今の声みたいに。


 視線を下に向けてみると、誰かが倒れているのが見えた。ん、人?


「え、ちょっと、大丈夫!?」


 私は、その人の前にかがむ。うつぶせに倒れているその人は、どうやら男の人のようだった。足に何やら、トラバサミのようなものが、引っ掛かっている。え、これってもしかしてトラップ?


 私は男の人の足を強く引っ張ってみた。でも、トラバサミから抜ける気配はない。どうしよう、さすがにこのまま放っておくわけにはいかないよね。


 その時だった。けたたましい音が私の頭の中でこだまする。この音、よく映画とか、ゲームとかで流れる、イマージェンシーコールじゃない?


 あと何分で建物爆発する、とかそういうときに流れるやつ。なんだかとっても、まずい気がする。


 私の頬を冷たい汗が流れたような気がした時だった。目の前に大きな赤い警告文字が出る。


『警告。このエリアに高レベルモンスターが発現しました。推奨レベル、30レベル以上。ジョブは戦闘系ジョブ推奨。推奨レベル以下、または戦闘系ジョブでない冒険者は、非常に危険です。戦闘を希望しない冒険者は、ただちにエリアから撤退してください』


 エリアから撤退って言っても。この人をそのままにしておくわけにはいかないよね。私が焦っていると、目の前にいる人のステータスが一瞬見えた。ああだめだ、この人もレベル1だもん。逃げるわけにはいかない。


 私の頭の中では、今まで見たことのあるVRMMOのゲームを舞台にした小説がうずをまいていた。私が知っている限り、そういったゲームって、ゲーム内で死んだら現実世界でもペナルティを受けたり、最悪の場合、死んでしまう。


 もしこのゲームの中でもそうなっていたら。私が知っている情報の中には、そんな情報なかったけど、もし私が知らないだけだったら。見ず知らずの人とはいえ、私はその人を見て見ぬふりして逃げたことになる。そんなのは、嫌。


 でも、今の私にトラバサミを解除する技術はないかもしれない。私は、途方にくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る