ビッグ4
【邂逅】
名前を呼ばれて、蓮真は番号の席に向かった。多くの人々が、すでに将棋盤の前に着席している。
日曜日、蓮真は大学近くの道場に来ていた。現在、夏休みで部の活動がない。部室に行けば誰かいることもあるものの、帰省や旅行などでそれほど人がそろわない。対局に飢えていた蓮真は、道場で大会があることを知り、初めてやってきたのだった。
大会はスイス式トーナメントで行われる。同じ勝ち星数の人同士が当たっていき、上から下まで順位を付けられるようにする方式だ。
大会には、子供から年配の方まで、約二十人が参加していた。蓮真が見たことのある人は、一人もいなかった。
対局が始まると、蓮真は不思議な感情に襲われた。全く緊張しない。初めて対戦する相手だというのに、何の恐れもない。団体戦と全国大会を経験したことで、気持ちが大きくなっているのを実感した。それが良いのか、悪いのかはまだ彼には分らなかった。
三回戦まで、順調に勝ち進んだ。最終戦、勝てば優勝である。
「では、1番の席で小北さんと佐谷さんお願いします」
ぼさぼさの頭によれたボーダーのシャツを着た青年が、蓮真の前に座った。蓮真の顔をちらりと見た後、缶コーヒーのふたを開ける。
蓮真はここまで、対戦相手以外を気にしてこなかった。だから、この青年が連勝していることを知らなかった。けれども彼の中で、一つの線が点と点を結んでいた。「強い」と「小北」
対局が始まる。蓮真は後手だった。飛車をすっと横に動かせる。全国大会から戻ってから、ずっと彼は四間飛車を指していた。中学生の頃の得意戦法だった。
小北はするすると穴熊に潜る。時間は二分も減っていなかった。蓮真は小刻みに考える。本能が、警戒すべきだと訴えかけていた。相手から、冬田の時と同じような圧を感じたのだ。
経験のある形が続いていく。少なくとも、形勢が悪くなってはいない。けれども、蓮真は焦りを感じていた。相手の時間は全然減らない。じりじり追い詰められていく感覚があった。
飲み込まれてはいけない。蓮真は、抗った。成長しなければいけない。全国でも通用する、超一流にも勝てる人間になるには、どんな相手にもビビってはいけない。
蓮真は覚悟を決めた。終盤勝負にする。
差をつけることをあきらめ、とにかく悪くならないように食らいついていった。普段は指さないような、先受けの一手を指し、崩れないようにした。徐々に小北も、時間を使って指すようになっていった。
蓮真は、先に秒読みに入った。読み切れていない中で、悪手を指さないことに心がけ続けた。そんな中、小北が予想外の鋭い捨て駒をしてきた。相手が強いと、こういう時まずびくっとしてしまう。蓮真はそのびくっをすぐに飲み込んで、状況を確認した。鋭い。しかし、良い手とは限らない。
残り5秒。蓮真はその駒を取った。必至がかかることを避け続ければ勝ち。必至がかかれば負け。
それから数手後、攻め続ける小北だったが、時間ぎりぎりまで考えることが多くなった。しきりに首をひねった。そしてついに、受けの手を指した。
蓮真の目が、見開かれた。
必至は続かなかった。間違えさえしなければ、勝てる流れになっていた。
集中する。盤面に。自分に。
そして蓮真は見事、相手玉を追い詰めた。
「負けました。いやー、強いね」
小北は、ぼりぼりと頭を書く。
「あの、小北さん」
「ん、なに」
「先輩、ですよね」
「え? あ、君県立大?」
「はい。会えてよかったです……ビッグ4の一人に」
小北の動きが止まった。蓮真は、口許だけ笑っていた。
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