【個人戦】
個人戦代表には、松原の名前もあった。そして、女流戦には立川の名前が。蓮真はそれを確認すると、いったん対局会場を出た。
学生マスター戦及び、女流学生マスター戦。夏大会に行われる、学生将棋界の頂点を決める戦いである。
松原と立川も、蓮真が来ているのはわかっていた。それでも声をかけようとはしなかったし、目を合わせることもなかった。それは、二人で話し合って決めたことだった。
そして、個人戦が始まった。蓮真も、自分の戦いだけに集中した。結果、予選を2連勝で抜けることができた。
1勝1敗同士で予選通過者を決めるため、連勝者は時間に余裕ができる。とたんに、蓮真は過去のことを思い出してしまった。今から五年前、何があったか。そして今から半年前、何が起こったか。
松原も、連勝で予選を通過していた。団体戦で全勝、個人戦でも代表。松原は、まぎれもなく学生将棋界のトップ集団にいる。蓮真は、その差を実感していた。しかし、ここで優勝すれば、少なくとも実績では上回ることができる。マスターの称号は、それほどまでに重い。
個人戦トーナメント、蓮真と松原は、同じ山に入った。勝ちあがると、ベスト8で対戦することになる。
小学生のころは、互角だった。しかし次第に差が付き、なかなか蓮真は松原に勝てなくなっていった。そのおかげで県代表になることはできず、全国的には無名のままだった。
ここで、ひっくり返したい。蓮真は切実に願っていた。
だが、そんな彼の前に座っているのは、紀玄館の冬田だった。小学校から高校まですべての個人タイトルを獲得。二年生にして絶対的なエース、これまでの三大会団体戦で1敗もしていない。一般アマ棋戦でも、ベスト4まで勝ち上がったことがある。個人戦では惜しくも優勝していないが、誰もが認める優勝候補だった。
一流中の一流。蓮真もそれはわかっていた。だが、てっぺんを目指す以上、誰が相手でも勝たなければならなかった。気合を入れて待っていた。
冬田は、静かに座っていた。体は小さく、表情も穏やかだった。しかし対戦するものは常に、威圧感を感じた。それは、静かすぎるからだった。動じないというよりは、何も感じていないようだった。
対局が始まり、蓮真もその恐ろしさを実感することになった。すべての指し手が、ほぼ同じリズムで指される。約15秒考え、すっと駒が動かされる。機械的なその動きと、指し手の正確さ。単純作業、もしくは機械的。気が付くと、追い詰められている。
微差だと思っていたのに、いつの間にか大差になっていた。蓮真は、なすすべがないことに気付けるだけの実力はあった。
きれいに、一手違いの局面になった。それは、敗者が敗北を認めた証だった。
こうして、蓮真の夏は終わった。
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