【個人戦前日-2】

 団体戦優勝が決まり、蓮真が去った後の会場。最終の第9回戦が始まると、紀玄館の五将には女性が座っていた。髪は短く、ふちのない眼鏡をかけている。大きな瞳で、食い入るように盤面を見つめていた。

 立川乃子、一年生。高校生の時には、女流のタイトルを獲ったこともある強豪である。推薦で紀玄館に入学した彼女が、レギュラーになれないほどに紀玄館の層は厚い。

 そして、隣にいるのは全勝がかかった松原。二人の一年生が、並んで戦っていた。そして二人がこうして戦うのは、初めてではなかった。

 二人ともに、思い出していた。中学生の時、団体戦で戦ったことを。そして二人の横には、蓮真がいたことを。

 まずは、松原が勝利した。続いて、立川も勝った。二人は初めて、優勝を共に分かち合う仲間となった。ただ、二人だった。三人ではなかった。



「県立大、大変だったね。部員、8人だっけ?」

 蓮真の前には、村原が座っていた。盤を挟んでいるものの、駒は動かしていない。

「まあ、俺は去年までを見てないから、何とも言えないんですけど」

「でも、噂は聞いてたでしょ」

「はい。だから、絶対ここにしようって決めてました」

「まさかねえ。ビッグ4が卒業するのは知ってたけど、部員がほとんど辞めるなんてね」

「……」

 仁科は椅子に腰かけて、スマホでネット対局をしていた。ちなみに仁科対蓮真は、3対1だった。蓮真は1つしか勝てなかったことを、仁科は全勝できなかったことを悔しがっていた。

「それでも、有望な子が入るんだよねえ。君とあと誰だっけ、中野田君。彼も初めてにしては頑張ってたよね」

「そうですかね」

「他にも入りそうな子はいないの? 知り合いは県立大に誘わなかった?」

「……誘いましたよ。入るはずだったんですけど」

「そうなんだ」

「いつのまにか他に行くことが決まってて。だから、県立大には一人で」

「はー。それは寂しいね」

「寂しくは……ないです」

 蓮真は無意識のうちに、銀をつまんでいた。それを、何回も空打ちする。

「まあ、県立大も一年4人だっけ? いるんでしょ。今からまたにぎやかになるんじゃね?」

 仁科の言葉に、蓮真は本当に寂しそうな顔をした。それを見て、仁科も村原も、それ以上は何も言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る