【部室にて】

「あれっ、これ、佐谷君じゃない?」

 福原が観ていたのは、『将棋紀要』という分厚い電話帳のような本だった。毎年発行されていて、将棋に関する一年間の記録や棋譜が掲載されている。

「そんな古いの見てるんだ」

「う、うん。趣味だから」

 福原は将棋に関するありとあらゆる事柄を知りたがっている。そして、物覚えがよく、一度見聞きしたものは大体忘れない。

「中学二年の時。一度だけ行けたんだよね」

「準優勝って、すごい」

「三段以下の大会だし、団体戦だし」

「ほかの人が、強かったの?」

「うん、まあ」

 部室にはほかに、覚田と中野田がいた。二人は対局していたが、意識は会話の方に向いていた。

「松原……えー」

「かん」

「冠でかんなんだ。あと、立川……のこ?」

「そう」

「女の人がいたんだ」

「同級生。学校は違ったけど」

「へー。やっぱり中学生で準優勝ってすごい」

「そう……かな」

 蓮真の表情は、笑っているような、困っているようなものだった。

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