【個人戦-4】
蓮真の戦いを見つめるのは、覚田ただ一人だった。部長として、敗退しても残った。
蓮真の相手は、布田だった。この大会で唯一、蓮真が負けている相手。こういう巡り合わせは、実際にはそれほど珍しくない。
ここで負ければ、蓮真は苦手を作ることになってしまう。とても大切な、ひょっとしたら一番大切な対局かもしれないと、覚田は感じていた。
蓮真は序盤もよく勉強している。だからこそ、対局開始と同時にエンジンがかからない。気を抜いていても不利にならないので、集中するのが難しい。
だが、この対局では最初から目が鋭かった。決して盤から視線を外さなかった。
やはりビッグ4の空気を持つのは、佐谷だ。覚田は確信した。
だが、だからこそ、正しく導かなければならない。ビッグ4は、将棋部をめちゃくちゃにして去っていった。もう、次の代には負の遺産を遺したくない、覚田は切実にそう考えていた。
蓮真は、覚田の期待に応えそうだった。布田の攻めを、冷静にかわしていく。受けるには、技術がいる。蓮真には、その技術がある。
「負け……ました」
布田が、頭を下げた。攻めが、完全に切れていた。
蓮真は、ベスト4へ。代表まで、あと1勝だった。
「角換わり棒銀が多いですね」
蓮真は、ノートをぱらぱらとめくった。そこには大会の記録がびっしりと書かれており、誰がどのような戦型で戦ったかも確認することができる。
準決勝の相手は、経済大学三年、小園だった。団体戦では、野村に勝っている。そして、これまでの大会では、個人戦ではすべてビッグ4に負けて敗退していた。
「ビッグ4以外には負けていないんだよね。とにかく攻めが強い」
「でも、ビッグ4に負けているんですよね。それなら俺も、勝たなくちゃいけない」
ノートを覚田に渡すと、蓮真は席に向かった。
小園は、目を血走らせながら待っていた。ビッグ4に負けてきたということは、県立大に負けてきたということでもある。ここで、それを断ち切らなければならない。
蓮真は、後手になった。すらすらと、角換わりに進んでいく。小園は、当然のように棒銀に。
角換わり棒銀は、現在プロではほとんど指されない。それだけに、アマチュアにおいても研究の空白になることがある。蓮真も、それほど経験豊富というわけではなかった。
それでも、本筋は外さなかった。悪くならないように。慌てずに。
小園も、悪手を指さなかった。そして、形勢に差がつかないまま、お互いの時間が切れた。秒読みへ。
熱戦が続く。そんな中、蓮真が少し眉をしかめた。小園は、それに気が付いていた。気が付いてしまった。盤面を確認する。駒台を確認する。何が嫌なのか。考えられるのは、詰みだ。蓮真は、自玉の詰み筋に気が付いてしまったのだ。
だが、小園には読み切れなかった。詰まさなくても負けではなかった。それでも、詰みがあるとしたらと、踏み込んでしまった。
勝負は、こんなきっかけで決まることもある。駒を渡してしまった小園は、後戻りできない。詰まさなければ負けだ。蓮真は歯を食いしばって、最善の逃げ道を探した。詰まされても仕方ない。しかし彼もまた、小園が読み切っていない雰囲気は感じ取っていた。
そして、やはり小園は読み切れなかった。
「詰めろだったかな」
対局が終わり、呆然としながら小園はつぶやいた。蓮真は、何も答えられなかった。
決勝戦、蓮真は完敗した。決して、全国大会への切符を手にして気が緩んでいたわけではない。理由は二つ。一つは、相手の方が強かった。もう一つは、体力の限界だった。四日間にわたる大会は、蓮真には初めての経験だった。すべてが、疲れ切っていた。
「秋にリベンジだね」
「……はい」
「まあ、全国優勝でもいいけど」
「狙います」
蓮真は、拳を握った。
こうして、県立大学の春大会が終わった。
個人戦結果
優勝 仁科賢哉(徳治大学4年)
準優勝 佐谷蓮真(県立大学1年)
以上2名が全国大会へ
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