【個人戦-3】

 あと3勝で、全国大会。

 蓮真は、かなり意識していた。団体戦では無理だということは、ずいぶん前から部長に言われていた。けれども個人戦ならば、可能性がある。佐谷君ならいける。

 今回大会に出てみて、それが簡単でないことはわかった。大学には強い人がごろごろいて、県代表にもなれなかった蓮真が、地区の代表になるのは相当大変だろう。それでも、覚田はこうも言っていた。「個人戦にかける気持ちは、人それぞれだから」団体戦で優勝したチームは、すでに一仕事終えた気になっているかもしれない。連休明けの授業の課題が気になって、個人戦に集中できない人もいるかもしれない。大学が団体戦には出れなくとも、個人で参加する人もいる。

 個人戦は、ただ強い人が勝つ、という戦いではないのだ。

 蓮真の強さは、すでに皆に伝わっている。強豪の一人として、マークされている。ただ、全勝しなかったことが、そのマークを甘くしてもいた。少なくとも蓮真は、優勝候補とは思われていなかった。

 ベスト8をかけた戦い。蓮真は、徹底的に落ち着いて指した。間違えないように。隙を見せないように。これまで何度も、精神的な乱れから逆転負けしてきた。相手を罠にはめるようなタイプでもない。

 蓮真は、集中力がない。

 相手の様子、会場の音、持ち駒の並び方。いろいろなものが気になってしまう。ただ、一見そうは見えないタイプでもある。冷徹な将棋の鬼。クールなファイター。

 しかし、入部すぐ覚田は言った。「佐谷君、何か気になる?」

 蓮真は動揺した。バレてしまったことに。そして、「あいつ」と全く同じ言葉だったことに。

 わかる人にはすぐにわかってしまうほどに、それは弱点なのだ。

 集中する。余計なことは考えない。蓮真はそのことを心掛けた。どうしても思い出してしまうことを、対局中は心の奥深くに押し込めた。

 ずっとリードを保ったまま、間違えることなく差し切った蓮真。見事に勝利した。これで、ベスト8。



 中野田は、対局が始まると他のことが考えられなくなる。

 部屋に鳩が入ってきても、どこかで喧嘩が始まっても、気が付かない。自分の貧乏ゆすりもボヤキも、気づいていない。

 そんな彼の相手は、昨年度秋大会の優勝者だった。中野田はそのことを知らず、いつも通りに独特な序盤で挑んでいった。そして、すぐに形勢を悪くしてしまった。

 食い入るように盤を見つめる中野田。全神経が、将棋に向かっている。それでも、起死回生の一手が見つかる、なんてことはまれだ。

 じわじわと、追い詰められていく。集中しているがゆえに、わかってしまう。もう、逆転はないことに。

 投了した後、中野田はしばらくうつむいていた。膝をつかむ。

 しばらくして、トーナメント表を眺めると、蓮真は勝利していた。

「待ってろよ」

 誰にも聞こえない声で言うと、中野田は部屋を後にした。



個人戦トーナメント二回戦


ベスト8進出

佐谷


ベスト16敗退

中野田

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