【個人戦-2】

「本当に良かったの?」

「はっ、はい。大きな輪に参加してみたかったので」

 個人戦決勝トーナメントが始まった。32人が、頂上目指して戦う。そしてその様子を、ノートを抱えながら見ているのが、福原沙月だった。

「どうだった、参加してみて」

「やっぱり、皆さん強いです。勉強になりました」

 覚田は、小さく微笑んだ。

「じゃあ、記録よろしくね」

「はいっ」

 福原は、最も遅く部に入ってきた。もともと将棋を観るのが好きで、学生将棋を生で観戦したい、というのが入部の動機だった。県立大将棋部のこれまでの活躍は聞いていたので、まさか自分までが出場しなければならない状態とは想像もしていなかった。

 福原が向かったのは、女流代表決定戦だった。7人の参加者が、スイス式トーナメントで戦っていた。福原も誘われたのだが、選んだのは一般戦への参加だった。

 当然のように2連敗した。それでも彼女は、とても満足していた。

 女性の少ない社会だというのは、知っていた。個人戦に参加しているだけでも60人以上の男性がいるのに対して、女性は自分を含めて8人。知っていたからこそ、入部するまでには葛藤があった。

 とても強い人から、ほぼ初心者の人まで。女流戦には、様々な棋力の人々が参加していた。それぞれきっと、何らかの決断をしてこの世界に入ってきたのだろう、と福原は想像した。みんなと話してもみたい。けれども、ただ眺めてもいたい、と彼女は思った。

 さらに、個人戦トーナメントの方へ。部内からは、三人が残っていた。福原が向かったのは、野村の対局だった。

 野村は、将棋が強そうな顔をしていない。優しそうで、少し内気で、たまに泣きそうだった。それでいて、とても強かった。入部前から、情報としては知っていた。大活躍した県立大学は、同級生四人組、通称「ビッグ4」ばかりが話題に上がっていた。けれども、要所要所でポイントを上げてきたのは野村だった。

 同級生二人も強い。けれども、福原が一番気になるのは、野村の将棋だった。野村の将棋には、艶が感じられた。だからこそ下品になれず、負けてしまうことがある。けれども福原は楽しいものを観ていたかった。だから、ずっと野村の将棋を観ていた。

 そして、野村は頭を下げた。

 対局が終わり、野村は微笑んでいた。彼は負けた時も、決して乱れることはないのだ。

 福原は、野村に気づかれる前にその場を去った。トーナメント表を確認すると、蓮真と中野田は勝ちあがっていた。



個人戦トーナメント一回戦


ベスト16進出

佐谷・中野田


ベスト32敗退

野村

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る