全国への道

【個人戦-1】

「全員ぶったおします」

 新入生あいさつで、中野田は力強く宣言した。ちなみに中学でも高校でも、同じことを言っていた。

 彼は入学式の日から、部室にやってきた。そこにいたのは部長の覚田のみだったが、中野田はあっさりと勝利した。

 だが、あとからやってきた野村、そして蓮真には負けた。特に同級生の蓮真に負けたときは、中野田の顔は大きくゆがんだ。

 ずっと、将棋ばかりやってきた。けれども彼は、てっぺんを獲ったことがない。弱くはなかった。けれども、身近に必ず自分よりも強い人間が誰かいて、全国大会に行くことができなかった。

 大学こそ。そう意気込んでやってきたら、そこには蓮真がいたのだ。部室で会うたびに、勝負を挑んだ。八割以上は蓮真の勝ちだった。例え中野田が勝った対局でも、感想戦では蓮真の方が冴えていた。読みの量が、大差だったのだ。

「全勝します」

 大会前、中野田は力強く宣言した。団体戦は初めての経験で、どんな感じになるか全く予想できていなかった。ただ、出る以上は負けたくなかった。相手にも、蓮真にも。

 だが、二戦目で負けてしまった。上級生にとっては想定内だったが、本人にとっては「まさか」だった。彼の中で蓮真・野村は別格の存在になっていた。大学には、高校までにいなかったレベルの強豪がいる。さすが全国二位の大学だ。中野田は、感心していたのだ。

 そして、それも思い違いだった。大学には、強いやつが「ごろごろいる」のだ。野村も二戦目で負けた。佐谷すら三戦目で負けた。そして終わってみれば、中野田は負け越し、野村は2勝しかできなかった。

 甘かった。中野田は自らの甘さを痛感した。「倒さなきゃいけないやつが何人かいる」と思って、一か月の間頑張ってきた。しかし実際には、「倒さなきゃいけないやつだらけ」だったのだ。

 団体戦最終戦。チームの勝利に貢献したにもかからわず、中野田はうなだれていた。自身は負け越し。3-4負けにも二回絡んでいる。

「全然だめじゃねえか」

 宿に戻っても、中野田は下を向いたままだった。そんな彼に声をかけたのは、夏島だった。

「予定と違ったか」

「……はい」

「それを経験できただけでもいいんじゃないかね。俺はさ、一年の時は試合に出られなかった。だから、挫折を知るのがちょっと遅れた」

「……」

「運がいいのか悪いのか。ビッグ4がいる時なら最初からやべえって思えただろうし、ビッグ4いなくなったのに佐谷が入ったし。なんにしろさ、今後うちの部が生き返れるか。それは中野田にかかってるんじゃねえかなって、俺は思うわけよ」

「……そう……すか」

「そうそう。個人戦もあるしな。トーナメントは運と勢いでどうとでもなることがある。そういうのもいい経験だ」

「そう、すね」

 中野田は、虚空に駒を置いた。昔からの、癖だった。



 個人戦トーナメントは、二人が地区代表となって全国大会に行くことができる。中野田はクジで、14ブロックとなった。

「中野田君、一回戦から強敵だよ。鳥口大学の、野村さんに勝った人」

「そうなんだ。福原さんは?」

「え、私? 私は誰とやっても強敵だから、あはは」

 ひらひらと左手を振る福原。右手にはノートが。これは大会の結果を書き込むノートで、今回は彼女が担当して書き込んでいた。

「そっか。うん、まあ、誰だろうとぶったおす」

「うんうん、中野田君らしい」

 中野田は、いつもよりも穏やかな表情で席についた。相手のことは見なかった。盤と駒だけを見て、対局が始まるのを待った。

「では、1回戦始めてください」

 先手となった中野田は、角筋の歩を二つ突いた。相手は角道を止め、相振り飛車を思わせる出だしとなった。しかしそこから中野田は桂馬をはねた。相手の動きが止まる。

 中野田の序盤はよく言えば自由、悪く言えば適当だった。それでも、勢いに任せてどんどん押し込むことで、どんな相手でも圧倒してしまうことがある。ただ、丁寧に対処されると、完封されてしまうことも多い。

 今回は、圧倒する回だった。実力者相手に、何もさせなかった。

 2回戦が始まるまでの間、中野田はずっと棋譜を見ていた。それは、かつてネット対局で上位者に圧勝した時のものだった。彼は、自分が成功した時の指し手を確認して、テンションを維持するのだ。

 そして、彼は2回戦も圧勝した。勢いがつくと止まらないタイプである。これで予選リーグは2勝勝ち抜け。

 中野田は、すぐに蓮真の対局へと走った。終盤戦に入っていたが、蓮真が優勢な局面だった。そこから蓮真は間違えなかったが、中野田の顔はさえなかった。自分の読みと、蓮真の指し手がまったく一致しなかったのだ。一気に決める順があっても、蓮真は焦らずにじっくりと指す。普段は中野田に負けず劣らず殺気立っているにもかかわらず、将棋における蓮真は冷静沈着で、中野田にしてみれば「慎重すぎ」だった。

 結局蓮真も勝ち切り、2連勝で予選抜けを決めた。



個人戦予選


2連勝勝ち抜け

佐谷・中野田


2勝1敗勝ち抜け

野村


1勝2敗敗退

覚田


2連敗敗退

北陽・安藤・福原


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る