【最終戦-2】

 六戦全敗。それはチームの成績でもあり、北陽の成績でもあった。

 完敗の将棋が多かった。自らも含め、それは予想通りでもあった。

 一年生の春は、オーダー表に名前すら載らなかった。部員の数は多く、それほど熱心でもない、道場6級の新入生は頭数に入っていなかった。

 全国大会を終え、状況が一変した。多くの部員が辞めていった。そして気が付くと、一年生は自分一人になっていた。信念があって辞めなかったわけではない。ただ、いろいろあっても、それなりに部活が楽しいと思っていたのだ。

 新しい学年になり、部員は四人になった。会計を頼まれた。人数的には大会に出られるかもわからないが、出るとしたら、確実にレギュラー。一年で状況は正反対に変わってしまった。

 負けることはわかっていた。突然強くなったり、勝てるようになったりなんてことはない。なにより、団体戦に出ること自体が初めてなのだ。緊張感との付き合い方、時間の使い方。あらゆることに慣れていなかった。

 そんな北陽に、部長の覚田は言った。「最終戦、そこで勝ってくれ」と。戦力差から言って、最後は消化試合になる。そこでは下級生に経験の場を与える「教育リーグ」になる可能性が高い。勝たせたいという気持ちから、六将・七将でレギュラーに入れなかったメンバーを出してくるだろう。

 上四枚で三勝。下三枚で一勝。それが経済大に勝つためのプランだった。そしてその一勝は、覚田の当たりがきつかった場合、北陽にかかってくる。

 覚田の予言はすべて当たった。経済大は四将・六将に初出場のメンバーを出してきた。蓮真・野村・覚田の当たりがきつくなった。夏島・中野田は有利な当たりだ。

 チームが勝利するには、大将蓮真、六将北陽の勝利が必要な当たりだった。

 蓮真は勝つだろう、北陽はそう思った。野村も夏島も、北陽から見たらとても強い先輩だ。けれども、迫力を感じることはなかった。それは、オーラとも呼べるものだった。ビッグ4は全員、オーラをまとっていた。そして、北陽はそれを、蓮真にも感じていた。

 北陽の相手は一年生。きょろきょろとして落ち着きがなかった。経済大の部員数は多く、オーダー表に書かれるからには全くの初心者ということはない。自分より強いのではないか、一年生だから出なかっただけの強豪ではないか。北陽はいろいろと考えて、目が回りそうだった。

 それでも、対局が始まると少し落ち着いた。ここまでの相手とは、明らかに手つきが違った。将棋の強さは、ある程度手つきに現れる。部内で様々な人と指して、全国大会でトップレベルの選手たちを見て、北陽は学んでいた。

 ガチの勝負だ。北陽は、心の中でギアを上げた。

 ビッグ4は、一人も負けられない中で何回も全員勝利してきた。野村も、幾度となくチームの勝利に貢献してきた。北陽は、その姿をずっと見てきた。裏方だからこそ、全てを眺めることができたのだ。

 北陽は、相手との棋力差はそれほどないだろう、と感じた。ならばこの二日間で、すでに場数を踏んだ自分の方が有利だ。そう、言い聞かせた。何度も自分に語り掛けて、奮い立たせた。

 時計を押すことにも、慣れていた。対局中に起こる、ふとしたざわめきにも。どこかから聞こえる聞こえるボヤキにも。北陽はすでに、慣れていた。

 相手の焦りが分かった。悪手を指すのが分かった。自分が最善手を指せないのも分かっていた。転ばないように。立ち止まらないように。

 気が付くと、相手玉の受けがなくなっていた。

 団体戦、初勝利。

 その瞬間、北陽は天井を見上げた。大きく息を吸った。

 すでに、夏島・中野田が勝利していた。残っているのは大将戦のみ。観戦の輪に、北陽も加わった。

 北陽は、対局中の佐谷の顔を「怖い」と思っていた。事情はある程度聞いているものの、それでも怒りの度合いが強すぎるように感じた。

 とても、同じ競技をしているとは思えなかった。北陽は、佐谷は仏像のようだと思った。恐ろしい顔をする仏像。誰かのために怒り狂って戦っている存在。

 ある瞬間を境に、空気が穏やかになった。北陽の棋力ではわからなかったが、対局者の間では勝敗が見えているらしかった。淡々と駒が動かされていき、そして佐谷が勝利した。

 4勝3敗。最終戦、消化試合ではあった。それでも最下位の県立大は、優勝校に勝利したのである。



7回戦

県立大学 4-3 経済大学

佐谷〇

夏島〇

野村×

中野田〇

覚田×

北陽〇

安藤×



個人成績

佐谷 6-1

夏島 3-4

野村 2-5

中野田 3-4

覚田 3-4

北陽 1-6

福原 0-2

安藤 1-4

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