第2話 転生したけど推しがいない!

目を覚ますと知らない世界だった。


正確には普段自分が寝食を過ごすグレイス家にある使用人専用の建屋の一室であり、本来であれば見慣れたはずの光景なのだが何故か同時にその光景に彼は違和感を覚えた。


(……? ここって……。いや、そもそも俺は……)


頭部に響く鈍痛に顔を顰めながら上半身を起こして周りを見回す。真っ先に目に入ったのは現代日本ではありえない古めかしい洋風の室内。

記憶にある自宅とはまるで違うその光景。だが、同時に毎日見飽きるほどに眺めた光景という矛盾した感想が己の内に生まれる。


木下和也。グレイス家の見習い執事のラック。己の中でありえない二つの記憶が存在する。

ひとつは青年。もうひとつはまだ一桁の少年の記憶。


「そうだ……確か俺は歩道橋から転んで……。いや、違う。

 アルバート様たちが行っていた雪球勝負で雪をぶつけられて……」


入り混じる二つの記憶に混乱しながらも、少しずつ状況を整理し始める和也。いや、現在の彼の状況を鑑みればラックというのが正しい。


「これってもしかして異世界転生ってやつなのか?」


漫画や小説、アニメで散々目にしてきた設定。異世界転生。

その当事者にいざ自分がなってみると思っていたよりも素直に受け入れるには時間がかかるものだった。

心中の混乱が冷めぬ中、そんな彼に追い討ちをかけるようにバンッと勢いよく室内の扉が開かれる。


「ラック! ああッ! 目が覚めたか!」


声とともにこちらに勢いよく駆け込んできたのは見目麗しい一人の少年。王者をイメージさせる艶のある金の髪と瞳。

前世の自分にらまったく記憶にない少年に対し、今の自分の口は反射的に言葉を紡いでいた。


「いけません、アルバート様。使用人の館に足など運ばれてはご当主さまにお叱りを受けてしまいます!」


「なに、安心しろ! 父上から許可は取った! むしろ快く送り出してくれたぞ!

 憎きルファス家からの魔弾から次期当主である俺を守った忠臣を労ってこいとな!」


興奮冷めやらぬ様子でそう語るのは己の主たるアルバート。記憶を整理する中で少しずつ現在に至るまでの状況をラックは思い出す。


まず、目の前にいる少年はネクセリア王国の大貴族の嫡男であるアルバート・グレイス。

ラックが仕えるべき主であり、同い年の少年だ。そして自分が今使用人ベッドに寝かされている理由は、ここ三世代に渡って何かにつけてどちらがより王国に貢献しているかを競いあう怨敵たるルファス家とのある出来事が原因であった。


(ん?……ルファス??? グレイス???)


このような状況に至った理由を思い出すと同時にラックは先程から名が上がる両家の名前に聞き覚えがあることにようやく気がついた。


「アルバート?」


気がついた事実への驚愕からか、つい前世の記憶につられて主人たる少年を呼び捨てにしてしまう。

だが、そんな使用人の無礼さをアルバートはさして気にとめもしなかった。


「そうだ、アルバート・グレイスにルファス……サラ・ルファス!!!」


ラックが口にした2人の名前。1人は主たる目の前の少年。そしてもう1人は先程まで幼いながらも家名を背負って競いあったルファス家の一人娘。

ラックにとって、いや正しくは和也にとって聞き覚えがあるなんてものではないその名前。前世で最推しだった「マリー」の両親の名前であった。


「といことは……ここはまさかスターライトプリンセスの世界?

それも、よりによってあの子がまだ生まれていない時代かよ!!!」


ラックは叫んだ。心の底から全力で叫んだ。



拝啓、前世の自分。

転生したけど、推しがいない!

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