転生したけど推しがいない!

くうかい

第1話 プロローグ

オタク男子が乙女ゲームになんて夢中になるわけがない。


木下和也も例に漏れずかつては男性向けレーベル作品・男性主人公が主役の物語に夢中になっていたありふれたオタクの一人だった。


そんな彼に転機が訪れたのは高校生の時に放映していたあるアニメ。

女性向けに発売された乙女ゲー「スターライトプリンセス」のアニメが切っ掛けだ。

シナリオはどこかで聞いたことあるような設定をごった煮にしたようなありふれたゲーム。

だが、コメディ主体で進んでいく物語に女性だけでなく男性にもお勧め!という触れ込みからちょっとした興味を持ち、アニメを見始めたのが沼に嵌る第一歩となった。


主人公や攻略対象のキャラクターたちを主体に進んでいく物語はテンプレであったが、ギャグ要素が強かったためか特に忌避感なくアニメを見ることができた。

そんな中、周りの感想では「主人公最カワ!」「攻略キャラとの噛み合わなさが面白い」

という意見が乱立する中で和也が目をつけたのが主人公の前に度々立ちはだかる一人の悪役令嬢だった。


悪役、と銘打たれながらもその実態はポンコツ。主人公に嫌がらせをしようとするも悉く失敗し、いつも涙目で去っていくことになる「マリー」という少女。

情にもろく、打たれ弱い。ちょっと意地悪されるとすぐに一人で拗ねて泣いてしまうというポンコツっぷり。

周りと違い、サブキャラであるそんな悪役令嬢に気がつけば惹かれて気がつけばアニメ放映と共に原作ゲームをプレイするほどドップリとコンテンツの沼に和也は嵌ってしまっていた。


そうしてたった一人の推しと出会うこと十年。太く、長く続いていた原作も何作ものシリーズを重ねて、とうとう完結作の発売を迎えることとなった。


学生だった当時とは環境も変わり、今ではすっかり社畜の一員と化した和也もこの作品を心の支えに日々を過ごしていた。

だからこそ、ある意味完結作と発表された最終作をプレイすることへの寂しさを感じながらも、自分のオタク人生を十年の長きに渡って鮮やかに彩ってくれたことへの感謝を込めてネットではなく直接店頭で購入することにしたのだった。


仕事終わりにゲームを予約していた店頭にて購入を済ませて帰路を歩く。寒波の訪れから周りでは粉雪が舞っていた。

深夜も間近の街中では人通りもまばらとなっており、それがまた一抹の寂しさを和也に与える。


「こいつともこれでお別れか……」


先ほど購入した完結作。「スターライトプリンセス~輝きは永遠に~」を眺めながらこれから訪れるであろうお別れプレイまでの時間を惜しむように呟いた。

かつて作品に関して意見を交し合った友たちはいつの間にか恋人を作ったり、オタクを卒業してリア充となっていた。

和也もまた社会人になり、ゲームや漫画、ラノベなどかつては夢中になって手を伸ばしていたコンテンツへの興味も次第に薄れていった。

そんな中で唯一熱意を失わなかったのがこの作品、そして推しである「マリー」への愛だけだった。


だが、そんな時間ももうすぐ終わり。

この作品のプレイが終わる時には自分の中で何か区切りがつけられるだろうという予感を和也は密かに感じ取っていた。

新しい作品に目を向けるのか。それともかつての友たちのように空想世界に折り合いをつけて現実に目を向けるのか……。


歩道橋の階段を登りながら、そんな瑣末なことを考えていた和也。彼の心情を顕したかのような重たい溜息は白く濁りながら夜空に散っていった。


だから、たぶん、運が悪かったのだろう。

いつもならもう少しだけ気を配れていた冬の階段の危険性。片手に仕事用の鞄、もう片方の手に命の次に大事な推しの出るゲームの完結作。

冬の寒さに凍りついた階段で和也は足を滑らせた。咄嗟に手すりに手を伸ばすが両手は塞がり、何も掴めない。


そのまま彼は宙へと身を投げ出し……。


ガツン!と強烈な衝撃が頭蓋に響き、一瞬で意識を失った。

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