第二章 ~『基本職と特殊職』~


 冒険者組合で金を手に入れたアルクが宿屋に戻ると、部屋の外まで美味しそうな匂いが漏れ出ていた。


「旨そうな匂いだな」

「あ、おかえりなさい、アルクさん。ご飯できてますよ♪」


 アルクの帰りをクラリスが出迎える。彼女は調理場にある調味料と買ってきた野菜でサラダとシチュー、そして天ぷらの盛り合わせを用意し、食卓に並べていた。


「これを全部クラリスが作ったのか?」

「どうです? 凄いでしょ?」

「ああ。凄いと思う」

「えへへ、そんな真っすぐに褒められると照れちゃいますね♪」


 クラリスは気恥ずかし気に頬を掻く。さっそく自慢の味を頂こうと、アルクは席について、料理に手を伸ばした。


「このスープ、素材の味が活かされているな。それに天ぷらもサクサクだ」

「どちらもマルクスの好物だったんです……私の作った料理をいつも美味しそうに食べてくれたんですよ……」

「そ、そうか……」


 二人は黙々と食事を進める。スープを啜る音と咀嚼音だけが響いた。


「こんなに調理が得意なんだから、料理人でも目指してみるのはどうだ?」

「復讐を果たしたなら、そういう道もあるかもしれませんね……」

「…………」

「私が調理の腕を磨いたのは弟に美味しい料理を食べてもらうためです。私にとって料理とは、弟を殺された恨みを思い出すための起爆剤でしかないんですよ」


 復讐に囚われた心は見える景色すべてを灰色に変える。馬鹿げたことだと分かっていながら、止められないのが復讐なのだ。


(俺もジニスたちから受けた仕打ちを忘れられない。顔を思い浮かべるだけで怒りが湧いてくる)


「お互い、馬鹿だよな」

「ん? どういう意味ですか?」

「気にしないでくれ。こっちの話だ。そんなことよりさ、クラリスのことをもっと教えてくれよ」

「私のことですか!?」

「お互いのこと、まだよく知らないだろ。パーティを組むなら知っておいた方がいいと思ってな」

「アルクさん、あなた、もしかして私に惚れちゃいましたか?」

「惚れるかっ!」

「ははは、冗談ですよ。ただ自己紹介は止めておきましょう。私、かなり面倒な経歴の持ち主ですから」


(面倒な経歴について気になるが、無理矢理聞き出すのもなぁ)


「ならこれだけは教えてくれ。トルーマンとはどうやって知り合ったんだ?」

「最初の出会いは冒険者組合でした。ケインズと一緒に二人でクエストを探していたんです。そしたらパーティを組もうと持ちかけられました」

「それであっさり了承したのか?」

「いいえ。最初は信頼できる相手かどうかも分かりませんし、断りました。しかし私たち二人で達成できるクエストに限界があったのもまた事実でした。最終的にはトルーマンさんがS級冒険者だと聞き、パーティへの参加を許したのです」

「あいつ、S級なのか……」


 冒険者はF級からS級までの等級が割り当てられており、成果に応じてより上位の地位が与えられる。


 賢者と剣聖の称号を持つマリアとジニスでさえA級冒険者でしかなく、アルクやケイトはいまだF級に位置していた。


「S級冒険者は世界に九人しかいないんだよな?」

「はい。だからこそ実力は折り紙付きです」

「最低でも世界で九位以内の実力者か」

「九位ではなく、七位です」

「あれ? でも世界にはS級冒険者が九人いるんだよな?」

「ええ。ですがS級冒険者にはナンバーシステムという序列制度があるんです。トルーマンさんはS7等級でしたから、世界七位の実力者です」


 S級は椅子の数が制限されており、その中でも順位が定められている。S1等級が世界最強の冒険者であることを示し、次点でS2、S3と続いていく。


「トルーマンさんは優しい人でした。いつも笑顔を浮かべていて、すぐに仲良くなれました。でもトルーマンさんが入ってから、マルクスに変化が起きたんです。些細なミスで私のことを責めるようになり、いつしか無能だと馬鹿にするようになっていました」

「…………」

「だ、大好きだった弟から馬鹿にされるのは辛かったです……でもマルクスと一緒にいたかったから、私、必死に耐えたんです。でも事件は起きてしまった。マルクスは殺され、私も殺されそうになりました……私の方はアルクさんに命を救われましたけどね」


 クラリスは悲しげな顔で俯く。その悲しみを晴らすためにも、トルーマンを倒す手助けをしたいと思えた。


 だがメタリックスライムから奪った超スピードのおかげでトルーマンの攻撃を受ける心配はなくても、圧倒的に攻撃力が不足しており、決め手に欠けていた。勝つための策がなければ勝負することさえできない。


「そういや、あいつの職業は何か知っているのか?」

「職業は教えてくれませんでした」

「それは残念だ。もし職業が分かれば弱点を見つけるヒントになったかもしれないんだがな……」

「でも特殊職なのは間違いないと思いますよ。制約も聞いたことのないタイプでしたし」


 職業は基本職と特殊職の二つに大別されている。


 基本職は剣士や魔法使いなど、頻繁に見かける職業で全体的に能力補正が高く、バランスもいい。


 それに対して特殊職はメンタリストのように強い制約がある代わりに強力な力を得ることが可能な職業で、基本職に対して千人に一人しかいない。


「分かっている制約は、常に本気を出せるわけではないことだけか……」


 もし最初から本気で挑まれていれば、勝敗もどうなっていたか分からなかった。トルーマンと戦うなら、本気を出させないのが勝利への近道となる。


「考えることがいっぱいで頭が疲れてきたな」

「ならリフレッシュしましょう」

「リフレッシュ?」

「お風呂に入るんですよ。アルクさんも一緒にどうですか?」


 クラリスは誘惑するように色素の薄い唇を小さく釣りあげる。その笑みはどこか小悪魔のようだった。


--------------------------------------------------------------------

作者の時間的余裕の都合で申し訳ないのですが、

いったん完結とさせていただきます。


万が一、更新する際はツイッターかカクヨムの活動履歴で予告させていただきますのでもしよければフォローしていただけると幸いです

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/users/zyougesayuu/works

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パワハラ幼馴染に追放された最弱職、実は心理学を使えば最強でした 上下左右 @zyougesayuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ