第二章 ~『八百屋とクラリス』~
復讐者パーティを結成したアルクたちは街へ戻っていた。日は暮れて、夕日が街道を朱色に染めている。
「わー、ここが商店通りなんですねー」
「初めてきたのか?」
「はい。私たちは別の街を拠点にしていたので」
商店にはその街の特産品が並ぶことが多く、街が違えば、商店通りも大きく変わる。この街の商店通りは店構えこそありきたりだが、新鮮な魚や野菜、そして近くの魔物の森の存在によって武器商店の数が多い。初めて訪れた冒険者は誰もが興奮する景観だった。
「これからどこに向かうんですか?」
「まずは拠点を確保するために宿屋へ行く」
「意外です。魔物の森で野宿でもするのかとばかり思っていました」
「俺は野宿でも平気だけど、クラリスは女の子だし、ちゃんとしたところで寝たいだろ。お風呂も入りたいだろうし……」
お風呂という単語を耳にしたクラリスは自分の腕に顔を押し当て、クンクンと鼻を動かす。
「……もしかして私、匂いますか?」
「そんなことはない……」
「あ、その顔は絶対嘘ですね!」
「本当のことを言ったら悲しむだろ」
「大丈夫ですよ、こう見えても私、メンタル強いですから」
「なら言うが……正直、ちょっと匂う」
「やっぱり臭いんですね……なんだか死にたくなってきました……」
「メンタルへの自信はどこへ消えた!? それに匂うのは体臭じゃない。血の匂いだ」
クラリスはマルクスが殺された時に傍にいた。血を浴びることはしていないものの、強い鉄の匂いが身体に染みついていた。
「マルクスの血の匂い……ぐすっ……また涙が……」
「めんどくせぇ」
人は大きな感情変化があると、それを想起させるモノと出来事を結び付けるようにできている。
これは楽しいことに対しては有用で、例えば大会のトロフィと優勝した記憶を結び付けておけば、脳からドーパミンを簡単に引き出すことができる。
しかし逆に悲しい出来事を思い出すためのトリガーとしても脳は関連付けをしてしまう。この関連付けは時間が経てば経つほどに弱まるものの、当面の間は、ちょっとしたことでマルクスの死を思い出してしまうだろう。
「おーい、アルクゥ。新鮮な野菜を入荷したんだ。買っていかねぇか?」
八百屋の店主がトマト片手に営業する。名前を呼ばれたからには足を止めないわけにもいかない。
「野菜かぁ……クラリスは食べるか?」
「うっ……ぐす……食べる……」
「とのことだ」
「ありがとよ。サービスのピーマンも付けといてやるよ」
店主は野菜を袋に詰めると、お代の硬貨と交換でアルクに手渡す。袋の中は赤と緑の野菜がミッチリと詰まっていた。
店主は袋を手渡すときに、クラリスとアルクの顔をジッと見つめる。その目にはどこか呆れの感情が含まれていた。
「アルク、また女を泣かせたのか?」
「またってなんだよ! それに俺が泣かせたわけじゃない」
「本当かぁ?」
「本当です……うっ……アルクさんは何も悪くありません」
クラリスは瞼を拭うと、落ち着いたのか冷静さを取り戻した。
「嬢ちゃんがそういうなら……それにしてもあんた、マリアちゃんにも引けを取らないくらいの美人だな。どうだい? うちの息子の嫁にならないかい?」
「遠慮しておきます」
「あっさり断られたか」
「マリアさんという方に頼んでみてはどうですか?」
「それは無理だな。なにせアルクの恋人だからな」
「ア、アルクさんの恋人!?」
「それはもう可愛い女の子でな。俺のところにも食材を買いに来たことがあるんだが、『アルクに手料理を食べさせてあげるの♪』って、必死に野菜と睨めっこしてたよ……だからアルクのことは諦めてくれ。俺はマリアちゃんが浮気されて傷つくところを見たくねぇんだ……」
「ふふふ、それなら心配いりませんよ。私、アルクさんは優しい人だと思いますけど、恋愛感情はありませんから。それに……」
「それに?」
「私は弟一筋なので、他の男性に興味ないんです」
「お、おう。それならいいんだ」
釈然としない答えだが、店主は浮気でないならいいと、笑みを浮かべる。食材を手に入れたアルクたちは八百屋を後にし、町外れにある宿屋へ向かう。
個人経営の小さな宿屋は吹けば吹き飛びそうなほどに老朽化した建物だが、風呂と調理場が揃い、宿泊費も安いため冒険者たちから重宝されていた。
「ここが私たちのホームになるんですねー」
「特別豪華な部屋でもないが、悪くないだろ」
最低限の家具しかない殺風景な部屋だが、窓から差し込む夕日が美しく、室内を鮮やかに照らしている。
「拠点は確保できたし、俺はちょっと出かけてくる」
「私も付いて行きます」
「いいや、俺一人で十分だ」
「まさか逃げる気ですか?」
「逃げるならとっくに逃げているよ。それにパーティを組むと約束したんだ。約束を違えるようなことはしない」
「ふふふ、それもそうですね……分かりました。アルクさんを信頼します。それでどこへ出かけるのですか?」
「たいした用事じゃない……ただちょっと大金を稼ぎに行くだけさ」
アルクはそう言い残して宿屋を後にする。彼の口元には小さく笑みが刻まれていた。
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