第二章 ~『復讐者のパーティ』~


 トルーマンから逃げだしたアルクは、周囲を緑で覆われた森の中へと身を隠していた。傍にはマルクスを殺されたショックから膝を三角に折って俯くクラリスの姿もあった。


「ここまで逃げれば安心だ」

「安心じゃありませんよ……ぐすっ……マルクスが死んじゃったんですよ……」

「それは残念だったな。恋人が殺されて辛いのは分かるが気を取り直してくれ」

「弟です……」

「え?」

「だからマルクスは弟です。恋人ではありません」

「それは失礼した。あんなにベタベタしていたから、てっきり恋人だとばかり……」

「私、極度のブラコンなので……へへへ、死んじゃったので、もうブラコンではありませんでしたね」

「悲しくなる否定の仕方は止めてくれ。今でも十分ブラコンだよ」

「ふふふ、励まそうと褒めてくれるんですね」

「……ブラコンは誉め言葉なのか?」

「もちろんですとも。弟のことが嫌いな姉などいません」

「そ、そうか」

「マルクスは気が弱くて実力のない子でした……でも誰よりも優しかったんです。私が熱を出した時なんか、隣町まで果物を買いに行ってくれたんですよ」

「自慢の弟だったんだな」

「だからこそ優しいマルクスを裏切らせたトルーマンさんが許せないんですッ」


 死んだ弟のことを思い出したのか、再びクラリスは涙を零し始める。嗚咽こそ漏らさないものの、悲しんでいることが十二分に伝わった。


(ここは泣かせておいてやるか)


 感情的になった時に涙を流すのは、ストレスの原因となる脳内物質を排出するためだ。これは嬉し泣きも同じ原理で、マイナスとプラス、どちらかの脳内物質が過多になると、吐き出すために涙を流すのだ。


 心理学的に泣いている相手に慰めの言葉をかけるのはあまり得策ではないし、なぜ泣いているのかと問い詰めるのは愚策である。


 なぜなら脳内物質の排出行為中に、脳に別の刺激を与えようとすると、それを邪魔されたと怒りの感情を生み出すからだ。


 なら泣いている相手に直面した時はどうすればいいか。その答えは簡単だ。ただ黙って、泣いている相手の傍にいればいい。こうすれば嫌悪されず、また脳内物質の排出が完了したときのスッキリとした感情と紐づくことで、脳がその人を信頼できると誤認することもある。


「あの……ありがとうございました。泣いてスッキリしました」

「礼はいらないさ。俺は何もしてないからな」

「ふふふ、あなたは優しい人ですね」


 クラリスは涙を拭うと立ち上がる。


「私、覚悟が決まりました」

「覚悟?」

「私、復讐します♪」

「はぁ?」


 まるでピクニックに行くかのような明るさで復讐を宣言する。聞き間違いかとも思ったが、彼女の瞳に宿った狂気がそれを否定する。


「復讐するには力がいる。そしてあいつは強い。返り討ちにあうだけだ」

「知っています。でも実現性の問題じゃないんです。許せないから復讐する。ただそれだけなんです」

「………」

「色々とお世話になりました。え~っと……」

「アルクだ」

「私はクラリスです……人生最後に遭えたのが、アルクさん、あなたでよかったです♪」


 クラリスは小さく頭を下げると、そのまま逃げて来た道を戻る。不気味なカラスの鳴き声が、彼女の運命を象徴しているかのようだった。


「お、おい……」


 さすがに死ぬと分かっていながら見捨てることはできないと、クラリスの背中に声をかける。しかし彼女は歩みを止めない。そんな時である。大きな影が彼女の前に姿を現した。


「グギギギッ(獲物、見つけたぁ!)」


 影の正体は緑肌の巨人オークだった。ゴブリンよりも上位の魔物の出現に、クラリスは後退去る。


「ここはオークの住むエリアだったか……」


 トルーマンから逃げるのに夢中だったこともあり、アルク自身でも気づかない内にオークたちの居住区に足を踏み入れていた。


 強敵の出現に、アルクはクラリスを庇うように前へ出る。


「クラリスは下がっていろ。俺が戦う」

「で、でも……」

「オークとの戦いはリベンジマッチなんだ……ジニスとマリアに裏切られた日を思い出すぜ……」

「……裏切られた?」

「こっちの話だ。忘れてくれ」


 アルクはオークとの間合いを詰めると、その腹部に拳を打ち込む。一撃の威力は痣ができる程度の威力しかないが、数十発の連打とすることで、確実なダメージを蓄積させる。


「さすがに頑丈だが、トルーマンほどではないな」


 トドメの一撃とばかりに、スピードと体重を乗せた強い打撃を放つ。内臓を破壊する衝撃が奔り、オークは腰を折って倒れこむ。命を落としたオークは魔素を散らして、魔石へと姿を変えた。


「オーク相手なら余裕で勝てるな。この調子ならいつかあの二人にも――」

「あ、あの、もしかしてアルクさんにも復讐したい相手がいるのですか?」


 クラリスは期待するような眼でアルクを見つめる。


「そんなこと聞いてどうする?」

「いいから。教えてください!?」

「……幼馴染と色々あってな。いつか復讐するつもりだ」

「やっぱり♪」

「や、やっぱり?」

「ふふふ、復讐の同志だと知って、私、とても嬉しいです。これはもう運命です。だから互いに協力関係を結びましょう」

「……協力関係とは具体的になんだ?」

「私があなたの復讐を手伝います。その代わり、あなたも私の復讐を手伝う。復讐者のパーティを組むんです」

「なるほどな……だが断――」

「お願いします……わ、私、アルクさんだけが頼りなんです」

「うっ……」


 クラリスは上目遣いでパーティの結成を願う。


(もし俺が断れば、クラリスは一人で復讐して返り討ちにあう。それならチームを組んで、勝手なことをしないように見張ってやるべきかな……)


「いいだろう。復讐者パーティ、組んでやるよ」

「わーい♪ ありがとうございます♪」


 クラリスは感謝の気持ちを示すように、涙を浮かべながら、アルクの手を掴む。この時、瞳に浮かんだ涙は、悲しみではなく、嬉しさから生じたモノだった。

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