第二章 ~『トルーマンとの戦い』~
「メンタリストですかぁ」
トルーマンは何か思うところがあるのか含みを持たせた笑みを浮かべる。
「……僕の邪魔をして、どういうつもりですか?」
「俺も馬鹿なことをしたと思ってるよ。でも気分が悪かったんだ」
「馬鹿だと自覚しているなら何よりです。ついでです。あなたにも死んでいただきましょう」
トルーマンの瞳に殺意と狂気が宿る。両手を前にして構える彼に隙は見当たらない。
(こいつの心は読み辛いな……複数の感情が同居しているように見える)
人は感情に応じて、身体のどこかに変調をきたす。例えば恐怖で汗を流したり、楽しいから笑ったりなどがそうだ。しかしトルーマンは複数の感情変化が肉体に現れていた。
(こいつ、感情を偽装しているな。それもかなり高度なレベルでだ……随分と曲者だぞ)
人は自分の感情を知られたくないときに態度を偽ることが可能だ。例えば内心は怒りで煮えていても、笑みを浮かべることができるし、その逆も可能だ。
しかし感情を偽装する場合、笑みがどこか歪だったり、感情を隠している変調がどこかに現れてしまう。しかしトルーマンにそれはない。
「うっ……ぐす……マルクスぅ……」
抱きかかえるクラリスはマルクスが殺されたショックが重すぎるのか、ポロポロと涙を零し続けている。このままでは逃げるに逃げられないと、彼女をゆっくりと地面に降ろす。
「そろそろ泣き止んでくれ」
「うっ……ぐす……」
「そう簡単にはいかないよなぁ」
大切な人を殺されて、簡単に気持ちを整理できるはずもない。
「落ち着くまで、俺が時間を稼ぐしかないか」
戦うと決めたアルクは両手を前にして構える。アルクとトルーマン、二人の間に緊迫した空気が生まれ、背中から冷たい汗が流れる。
(こいつは剣や杖を装備してないし、おそらく素手で戦うタイプだ。人の頭を握りつぶした握力から推察するに武闘家の可能性が高い……)
武闘家は強靭な肉体を職業補正で得ることができ、熟練者ならば鉄をも砕く一撃を放つ。打撃に対する察知能力も高く、攻守共に優れた職業だった。
「互いの準備が整ったようだし、さっそく始めようか」
トルーマンは地を蹴り、一気にアルクとの間合いを詰める。そのまま流れるような動きで、顔を握り潰すために手を伸ばす。
(動きは速いが俺の動体視力ならスローと変わらない)
超スピードでトルーマンの伸びる手を躱したアルクは、拳に力を込めて、顔に連打を叩きこむ。端正な顔に打ち込まれた数十発の打撃は、顔をグシャグシャに変える――はずだった。
連打を止めたアルクはトルーマンとの距離を取り、その成果を確認するが、顔には目立った傷がなく、鼻血すら出ていない。
「いや~、凄いスピードですねぇ。僕が今まで戦ってきた相手の中でもトップクラスですよ」
「そりゃどうも」
「でもパンチは軽い。ゴブリンチャンピオンに毛が生えた程度の力しかないのでは、僕を傷つけることはできません」
「言ってくれるな……俺の一撃も弱くはないんだがなぁ」
ゴブリンチャンピオンの腕力で放つ一撃は岩壁に穴が開くほどの威力がある。その一撃を受けて無事なトルーマンの頑丈さが常人離れしているだけだった。
「僕を倒せないと理解できたのなら、諦めて殺されてくれませんか?」
「倒せないのはお互い様だろ。お前のスピードでは、俺を捕まえることはできない」
(それに俺には奥の手がある。メンタリストのスキルで、身体能力を奪い取ってやる)
「……なぁ、俺たち仲良くできると思わないか?」
「なにをいまさら……君は僕の顔を殴ったんですよ。痛くなくても不快にはなるんです。君の運命は死ぬ以外にありえないのです」
「殴ったことは謝罪する。なんならお詫びに金を払ってもいい」
「金か……うん。いいね。素晴らしいよ」
トルーマンは賠償金の支払いを提案されて、喜色に富んだ笑みを浮かべる。彼の好きなモノは金で決まりだと、アルクはメンタリストのスキルを発動させるべく、息を吸い込む。
「トルーマン、お前の好きなモノは――」
アルクはビシっと指差し、好きなモノを宣言しようとする。しかし言葉は最後まで続かない。彼の背中を嫌な汗が流れ、本能がスキルの発動を止めたのだ。
「僕の好きなモノがどうしたのですか?」
「……やっぱり止めだ。お前は嘘を吐いている」
トルーマンは口元に小さな笑みを浮かべていた。これは金を得られる喜びから生まれた仕草だと読んだが、よくよく観察すると、罠に嵌った獲物を嘲笑うような感情が含まれていることに気付いたのだ。
「僕の嘘を見抜くなんてやるじゃないですかッ」
「人の心を読むのは得意なんでね」
「そういえばメンタリストの特技でしたね。やっぱり君たちメンタリストは厄介な相手ですね」
「君たち? まるで他にもメンタリストを知っているような口ぶりだな」
メンタリストは百万人に一人のレア職業だ。その存在を知る者は少ない。
「知っていますよ。人の心をコントロールする専門家で、読心術や感情操作に長けた人たちのことですよね?」
「本当に知っているようだな……」
「だからこそ君の好物を当てることで相手から能力を奪うスキルを失敗させようと罠を張ったんですよ。寿命を削ったマヌケ面が見られなくて、本当に残念です」
「スキルのことまで知っているのか……」
「当然です。なにせメンタリストは僕のライバルの職業ですからね」
「ライバル?」
「クロサキくんって男なんですが、知っていますか?」
「クロサキ……」
クロサキはアルクを救ってくれたメンタリストだ。その圧倒的な実力は今でも彼の瞼に焼き付いている。
「ライバルを名乗るにしては、クロサキさんとの間に随分と力の差があるようだな」
「……君もクロサキくんのことを知っているのですか?」
「俺の師匠だ……」
「あ、あの男に弟子がいたとは……」
「師匠といっても俺が勝手に名乗っているだけだがな」
「それでも驚きですよ。ふふふ、楽しくなってきましたねぇ」
トルーマンは再度構えを取り直すと、全身から魔力を放つ。その膨大な魔力量は空気を震わせた。
「凄い魔力量だ。さっきまでは手を抜いていたのか?」
「ある意味はそうですね。僕の職業スキルの制約条件の一つが影響していまして。本気を出すのは特別な時だけなんです」
(俺は復讐を果たすまで死ねない。こんなところで危険を冒せるか)
アルクは泣きつかれて嗚咽を漏らすクラリスを、再度抱きかかえる。
「じゃあな。俺は勝ち逃げさせてもらうよ」
「僕から逃げられると思うのですか?」
「思うさ。追いついてみろよ」
アルクは挑発を残して、その場から駆け出す。丘陵地を猛スピードで駆け抜ける彼に追いつける者はいない……はずだった。
「逃がしませんよ」
トルーマンがアルクの背中を追いかける。そのスピードはメタリックスライムを超えており、もしアルクが百体分の力を吸収していなければ追い付かれていたほどに速い。
「ギアを上げるぞ。振り落とされるなよ」
「は、はい」
アルクはさらにスピードを上げる。さすがにトップスピードには追い付けないのか、徐々にトルーマンを置き去りにしていく。距離が縮まらないと判断したトルーマンは、遠ざかる彼の背中を見つめながら叫ぶ。
「今回は僕の負けです。でも次は負けません。必ず殺しますからね!」
「やれるものならやってみろっ!」
アルクはトルーマンの負け惜しみを笑う。圧倒的なスピードは格上相手にも十二分に通じると、自信を手に入れたのだった。
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