第二章 ~『ゴブリンチャンピオンとの戦い』~
「ふぅ~これで百体目だ」
空間魔法に収納したメタリックスライムたちから能力を奪い取り終えたアルクは、達成感に心を震わせる。いったい自分はどれだけの力を手に入れたのかと、確認せずにはいられなかった。
丘陵地まで移動したアルクは見渡す限りの草の絨毯を駆ける。遠ざかっていく景色と、抵抗するように吹く風が、自分のスピードの速さを教えてくれた。
「もしかすると俺は世界で一番速い男になれたのかもな」
無能だと蔑まれてきたアルトでさえ、自信を持てるほどにスピードが増している。次に確認すべきことは、その強さが如何ほどなのかだ。
「確か、近くにゴブリンたちが住んでいるエリアがあったな」
スライムの次に狙う標的を定めたアルクは、丘陵地を駆け抜けていく。手に入れたスピードのおかげで数分もしない内に、ゴブリン居住区に辿り着いていた。
「さっそく獲物を発見だ」
小柄な緑の小人――ゴブリンを見つけたアルクは、無遠慮に近づく。
「よぉ、元気か?」
手を挙げて近づくアルク。彼を一目見た瞬間、ゴブリンは危険を察して、その場から一目散に逃げ去る。
「ゴブリンは臆病で狡猾な種族だと聞いていたが、どうやら本当のようだな」
背を向けて逃げ去るゴブリンは明確な意思を持って、どこかへと向かっていた。その足取りに迷いはない。
「いいぞー、このまま付いていけばボスに会えそうだ」
ゴブリンは群れで生活し、一匹のボスに従う習性がある。その依存性の高さから困った時にはボス頼みになることが多い。
「あれはゴブリンチャンピオンか」
逃げた先には一際大きなゴブリンがいた。筋肉質な肉体はオークを彷彿とさせるが、オークと比べると一回り小さい。
ゴブリンチャンピオンはゴブリンの上位種族だが、オークと比べると、力も知能も下位に位置する種族だ。
スライムの次に挑戦するなら手頃な相手だった。
「身体は頑丈でスピードは遅い。俺の実力を試す良き実験体になる」
「グギギギッ(殺してやる!)」
ゴブリンチャンピオンはアルクを脅威と判断して唸り声をあげる。逃げてきたゴブリンはボスにすべてを託し、その場から逃げ去った。
「邪魔者はいなくなったし、これで一対一のタイマンだ。強い奴が生き残る。そういう戦いだ」
アルクはゴブリンチャンピオンとの間合いを詰めると、顔に高速の連打を叩きこむ。残像だけが残っては消える拳を前にして、ゴブリンチャンピオンはただひたすらに耐えることしかできない。
拳を打ち込み始めてから数十秒が経過し、着弾した打撃の数も千を超える。しかし防戦一方ではあるものの、ゴブリンチャンピオンの硬い外皮によって、致命的なダメージを与えるまでには至らなかった。
「ふぅ~やはり俺の攻撃力じゃダメージは与えられないか」
ただ殴るだけでは時間が過ぎるばかりで勝敗が付かないと判断し、アルクは一旦手を止める。ゴブリンチャンピオンは攻撃が止んだことで落ち着いたのか、冷静な表情のまま牙だけ剥き出しにして怒る。
「グギギギッ(私に敵対したことを後悔させてやる)」
ゴブリンチャンピオンは殺意を込めて、手を大きく振るう。だが拳はアルクに触れることなく通り過ぎた。拳の軌道を見切り、ギリギリのところで躱したのだ。
「こんな遅い攻撃なら欠伸しながらでも躱せる」
相手の攻撃が当たらないのなら、敗北はありえない。スピードはアルクに絶対の安全を与えたのだ。
「あとは俺がゴブリンチャンピオンの丈夫さを超える一撃を放てばいいだけ。殴るだけでダメージを与えられないのなら工夫するとしよう」
アルクは後ろに下がり、遠く離れた位置まで移動する。ゴブリンチャンピオンと距離を取った彼は、遠目にぼやけて見える敵の姿を見据える。
「これだけ離れれば助走は十分だ」
アルクは地面に手を突いて腰を上げる。クラウンチングスタートの姿勢で、後ろ足に力を入れ、走りだした。
メタリックスライムを百体吸収したアルクのスピードは助走が加わることでさらなる加速を見せる。風を切って突き進む彼は、その勢いすべてを乗せて、ゴブリンチャンピオンにぶつける。
ただのタックルだが超スピードは身体を弾丸へと変え、着弾したゴブリンチャンピオンを吹き飛ばした。ボロボロになりながら、草の絨毯を転がっていく。
「倒した……わけではないようだな」
ゴブリンチャンピオンは膝が震えているが、痛みに耐えて立ち上がる。持ち前の身体の頑丈さでタックルの衝撃を受けきったのである。
「ここまで頑丈だと感心するな……だからこそ奪い甲斐もある」
アルクの超スピードはあくまで一つの武器でしかない。彼の真価はメンタリストとしての力にこそあった。
「グギギギギ(傷つけて悪かったな)」
「グギッ(謝っても遅い。お前の命は今日限りだ)」
メンタリストの力を発動するには、ゴブリンチャンピオンの好きなモノを言い当てる必要がある。
ゴブリンは欲が強く、食欲も性欲も旺盛である。食事か女性を宣言すれば、十中八九当たりである。
しかし仮に小食であったり、女嫌いなゴブリンの場合には、失敗したことによるペナルティで寿命を一年削ることになる。
それにメンタリストの職業スキルは相手の好きなモノを言い当てることで能力が発動するが、相手の好きの度合いが高ければ高いほどに効果が高い。
理想は一番の好物を見抜くこと。二番目に好きなモノでは駄目なのだ。
(だが一番好きなモノを言い当てることは困難……普通ならそう考える。しかし俺には心理学がある)
「グギギギギッ(詫びも用意してやる。お前にピッタリのとびっきりの獲物だ)」
「グギグギ(……若い女か?)」
「グギギギギッ(ああ、そうだ。若い女だ)」
狙い通りの展開にアルクはほくそ笑む。
人はどちらにも解釈できる質問をされると、期待する質問だと受け取る心理特性がある。例えば二つの商品を眺めている客がいたとして、営業マンに良い商品でしょうと問われれば、二つの内、気に入っている商品のことをだと解釈してしまうようにできているのだ。
「グギギギギッ(お前の好きなモノは若い女だ)」
見事、ゴブリンチャンピオンの好きなモノを言い当てたアルクは身体能力、特にその頑丈な肉体と強靭な腕力を手に入れる。駿馬を超えるスピードに、岩をも粉砕するパワーが備わった瞬間だった。
「早速力を手に入れたんだ。試させてもらうぞ」
急に力を失ったことで戸惑っているゴブリンチャンピオンとの間合いを詰めると、身体のギアを上げて高速の連打を放つ。
数秒の間に数百発の拳がゴブリンチャンピオンの顔面に直撃する。先ほどと違い、一撃が突き刺さるたびに、顔の骨を砕き、鼻から血が溢れ出ていた。そして千発に届いた頃、ゴブリンチャンピオンは身体から魔素を放って消滅した。
「パワーとスピード、両方が手に入った。きっと俺はまだまだ強くなれる」
アルクは地面に落ちたゴブリンチャンピオンの魔石を拾い上げる。強くなる糧となってくれた魔物に感謝するのだった。
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